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2008/8/30 発掘資料(・3・)←魅音 (・ε・ )←詩音 (゚д゚ )←圭一
ンー… ベシッ(゚д゚ ) ?! ?! ☆ミつ≡( *・3)ε・;) ドブチュ! ))) ( *・3)ε・* ) …チュ…チュ… ┃ 2月 February ┃ ┠───────────┨ ┃ 1 2 ┃ ┃ 3 4 5 6 7 8 . 9 .┃ ┃ .10 .11 .12 .13 .∑レヘ√ レヘ√\ノZ∧ . . .... ..: : :: :: ::: :::::: ::::::::::: * 。+ ゜ + ・ ∧.....∧. _::::。・.+ ゜ ・。* ゜ /:彡ミ゛ヽ;)(m,_)‐-(・3・ )-、 * / :::/:: ヽ、ヽ、 ::iー-、 ...... .i ゜ + / :::/;;:..... ヽ ヽ ::l ゝ ∩_i l  ̄ ̄ ̄(_,ノ  ̄ ̄ ̄ヽ、_ノ ̄ ̄E_ )__ノ ̄ 「やっ、やあ鷹野さん! きょっ今日は何の日か知ってるかい?」 『あらジロウさん。 ふふ、知ってるわよ。 聖武天皇が国分寺建立を命じた日よね?』 「………」 (゜Д゜)おぉサンキュー!魅音にも女らしいとこ…なかった (・3・)圭ちゃんひっかかったひっかかった こんな初歩的なわさびチョコなんかにひっかかった (;3;)でも何故だか虚しいユォ (・3・)おじさんも頑張ってみようかヌェー (・3・)あ、圭ちゃんにレナ~!あのさ圭ちゃん、ちょっと話が……… ( *゚д゚)(´ω`*)あ、魅音。実は俺達今籍入れてきたとこなんだ。祝ってくれよな。 (・3・)……………おめでと…… (・ー・)お帰りなのですwニヤニヤ (;3;) :::::::::: !::::::/ !:|: : : |.: :.:.|:.:..:| l:|: :|: | |│:!:.│: : : : : |:::::: : : :| :::::::::::l:::::;小!:|: : : |.: :.:.|:.:..:| l:|: :|: | |│:!:.│: : : : : |⌒ヽ.: :| :::::::::::|::: l│|:|: : : |.: :.:.|: :l:| i:|: :|_jl ⊥L:|_:_|_:i_: : : :.|/^い: :| ::::::: |:|:::l|│|:|: : : |: : :l|: :|:|'´| 丁 l:丁|:.川:|_:l : : : :.|∨ }: :l ::::::: |:|::」|⊥|:L:_:_l|: : :l|: :|:| |: :|ニj斗≦云冬゙: : : :.|ノ / :│ ::::::: |:|::!「丁l:「:-: i|: : :||:_:|」 i:_:|癶込zj:」丁:l : : : :.| / : :│ ::::::: |:|ニj斗≦云冬 | :| : l : :.|ノ: : : │ ::::::: l:癶込弌≠'′ ::! | :! : | : :.|:::::.:. : :| ::::::: |:l ´l| ::l |│:│ : |:::::.:. : :| ::::::: l ! l| ::| | |: : | : :.|:::::.:. : :| 誰の乳が小せえって? ::::::: | `、l| ` | |: : | : :.|:::::.:. : :| ::::::: |:lー:l|\ __ . -‐' | |: : | : :.|:::::.:. : :| ::::::: |:l::::|:!::::::丶、 | |: : | : :.|:::::::.: :│ ::::::: |:! ::l:|::::::::::::::`i イ| |: : | : :.|::::::: : : | ::::::: |::::::l:|:::::::::::::::::| 丶、 / l:.:|: : | : :.|:::::::::. : | ::::::: |::::::l:| :::::::::::::: | ` -‐'´ | :|: : | : :.|::::::::::::.:.| ::::::: |::::::l:| :::::::::::: i:| | :|: : | : :.l::::::::::::.. | ::::::: |::::::|:l ::::::::::::::|:| | :|: : | : :.|:::::::::::::: | ::::::: |::::::|:l::::::::::::::::|:| | :|: : | : :.|::::::::::::::│ ::::::: |::::::|:l ::::::::::::::リ | :|: : |\:|::::::::::::::. | / 〃 i .::| /:.:.| |::l::|:.:.:.:.:.:.:.:|:::::: ,゙ /| | .:::|. \|:.:.:.:| |::l::|/:.:.:.:.:.:j/:: ! ,' ! ::| ::::|!. ,ィ|≧ゝl、_.;|::ィ|/_:._/ィllヘ l ,' │ ::|:.. ::::|く/ {ひlll|::|ヾ|:.N:.::´〃ひlllリ:: 嘘だッ!!! * ヾ *'、 |\ ::::|:.\\こソ:.:.:.:.:.:.:.:.:.:、、\こソ * うそです + \ :::\:.:._,、__彡 _' -─ 、`゙ー= n ∧_∧ n ヾ、/.::>:、:;ヽ、__ /ーァ''"´ ̄ ヽ + (ヨ(* ´∀`)E) / .::::::::::::::::ヘ ̄ {|::/ } Y Y /...::::::::::::::::::::::::::\ V j} 昼寝じゃ。 遺跡発掘メモ帳で見つけた。上から順に飽きるまで。
(・3・)圭ちゃ~ん、ちょっといい? 圭 一「何だ?今日はバイトだから部活はないんじゃなかったのか?」 (・3・)うんそのバイト先でね、マーケティング調査の一環でアンケートしてるんだユォ協力して 圭 一「う~ん今日は早く帰りたいんだけどなあ、他当たってくれないか?」 (・3・)すぐに終わるから、ヌェ? 圭 一「ったく、どんなんだよ?」 (・3・)興宮に住む20~30代の女性をターゲットに聞いててね 圭 一「一個も当てはまってね―よ、雛見沢に住む10代の男性だよ、知恵先生か鷹野さんに聞けよ」 (・3・)まあ誰でもいいんだけどヌェ 圭 一「何だよそれ」 (・3・)最初の質問ヌェ、このアンケートをなにで知りましたか? 圭 一「お前だよ、今お前から聞いたんだろうが、お前って書いとけ」 (・3・)独り暮らしですか?その日暮らしですか? 圭 一「何が聞きたいんだそりゃ?実家で親と暮らしてるわ」 (・3・)今年の綿流しの主役は?A.富竹さんB.監督 圭 一「??、……富竹さん?」 (・3・)trrrrr…ガチャ、あ、婆っちゃ?うん決まった、今年は……富竹さんで 圭 一「え?何?今の電話?俺がフラグ立てちゃったの?おい魅音?」 (・3・)カレーと肉じゃが、栄養が偏ってるのはどっち? 圭 一「………………肉じゃが」 (・3・)いろんな意味で正解ヌェ、次は…… 圭 一「なあもういいだろ?早く帰らないとドラゴンボール終わっちゃうんだよ」 (・3・)もう少しだって、時々死にたくなるYES OR NO? 圭 一「んなわけねえだろ、NOだよ百歳迄生きるんだ俺は」 梨 花「クスクス…、無理よ、もうすぐみんな死ぬんだから」 (・3・)&圭一「え?今梨花ちゃん何て?」 (・3・)彼女にするならキレイな娘がいいYES OR NO? 圭 一「……キレイに越した事はないんじゃないか?イエス」 (・3・)キレイになる為なら整形してもいいYES高須クリニック 圭 一「帰るわ俺」 (;・3・)ちょっと待ってユォ圭ちゃ~ん 圭 一「何が高須クリニックだよ今迄の質問がどうバイト先の仕事に関係してるってんだよ?(怒)」 (;・3・)これで最後だから… 圭 一「ああ?」 (;・3・)今の気持ちを誰に伝えたいですか? 圭 一「お前だよ」 ( ゚д゚)バーカ 空気なくちゃ生きていけないだろ? .,γ,⌒ヽ、 | l /v~V、v ) リノ/3//) なんちて!なんちて!おじさんたら きゃー!! |// つとl しー-J ..(・ε・ ) 必死ですねオヌェー ( ・3・) ./ ⌒i / \ .. | | / / ̄ ̄ ̄ ̄/ .| __(__ニつ/ FMV /.| ...|____ \/____/ (u ⊃ ガガガガ・・・・ (* ・3(ε・* )ん… / \ .. \ / / ̄ ̄ ̄ ̄/.| __(__ニつ/ FMV / ...|____ \/____/(u ⊃ …チュ…チュ… /.: : : : : : : .ヽ R: : : :. : pq: :i} |:.i} : : : :_{: :.レ′ , -─弋¬、 ノr┴-<」: :j| ポコポコポコポコポコ / `Y /:r仁ニ= ノ:.ノ|! _ | {、 | /:/ = /: :/ }! |〕) 从\ |) | {;ハ__,イ: :f | /´ (〔| ヽ__j儿从八_ / }rヘ ├--r─y/ ☆、 `\ i⌒ヽ ̄ ̄\ / r'‐-| ├-┴〆 _, 、_⌒☆ \ | | `===ヘ 仁二ニ_‐-イ | | ∩ ・3・) ゙と[l ̄| | \ | l i 厂  ̄ニニ¬ ノ ⊂ノ  ̄| | ヽ ,ゝ、 \ \ __厂`ヽ (__ ̄) ) | |\ } _/ /\_i⌒ト、_ ノrr- } し'し′ /{_〆 ̄`ーー=='^┤ └-' ̄ `| |_二二._」」__ノ {| -‐ / | | } └ー′ └─-二_/⌒Y ̄} R: : : :. : pq: :i} ・・・・・・ |:.i} : : : :_{: :.レ′ ノr┴-<」: :j| /:r仁ニ= ノ:.ノ|! _ /:/ = /: :/ }! |〕) {;ハ__,イ: :f | /´ / }rヘ ├--r─y/ / r'‐-| ├-┴〆 〃( ・3・ ) ミ 仁二ニ_‐-イ | | ( ・3・ ) O( ・3・ ) ヒュンヒュンヒュン | l i 厂  ̄ニニ¬ Oヽ( )〃ノO " ,ゝ、 \ \ __厂`ヽ ∪\) / /\_i⌒ト、_ ノrr- } " "" └-' ̄. | |_二二._」」__ノ (*・3・)しゃとし~ ( ´∀`)なぁに、みおんw (*・3・)あのヌェあのヌェ、大人になったら、おじさんを…おじさんを… (*´∀`)ドキドキ (*・3・)おヨメさんにしても、いいよ (#´∀`)ムカッ いいかよく聞けモンキーども。ホモサピエンスと動物の違いは何か。そう、衣服の着用だ。つまりヒトは衣服があって初めてヒトなのだ!!! それを全部脱がすことでしか欲情できない貴様らはヒト以下!! 動物と同じだあああぁ!!例えばここに『コスプレHビデオ』があったとする。コスプレと一言に言ってもその裾野は広すぎる。それについて貴様らに講義することは、B-29か ら落下傘で降りてきたヤンキーどもに大和魂を一から説明するより困難この上極まりない!! だからここでは最も普及していると思われる制服系で説明することとする!! 制服系の御三家と言えば何か!!!答えてみろ!!そうだな、制服、体操服、スクール水着だろう。なおセーラーかブレザーかの好みの違いは制服にカテゴライズするものとする。 勿論、ブルマーかスパッツかの違いも同様!! スク水も紺か白かの違いはあれどカテゴリーは同じ扱いだ!!!どうだ、これだけでも甘美な響きがするであろう?!! ではお前ら3人がこれらの内の一つずつが好みであったと仮定しよう!!おいノッポ!!お前は制服だ!デブ!お前は体操服、そしてチビはスク水だ!!!頭に思い描け、時間は3秒!!!描けたか?妄想くらい自在に出来ろ、気合が足りんやり直せッ!!!ではお前らの望む衣装が登場するHビデオがここにあるぞ、あると思え、あると信じろ気合を入れろ!!返事は押忍かサーイエッサーだ!!!馬鹿者それでも軍人かッ!!!! よおし描けたようだな次に進むぞ。 それらの萌え衣装が、貴様らの馬鹿げた欲情に従い一糸纏わぬ姿にひん剥かれたと思うがいい、だがおいお前らよく考えろ!!!全部脱いだらもうそりゃコスプレHじゃないぞッ?!?!最近そういう詐欺紛いなAVが増えているが実に嘆かわしい!!服を全部剥いだらもうそれは文明人ではない、動物だ!!全裸にしか欲情できない貴様らは犬、猿、雉だ!!キビダンゴでももらって鬼ヶ島へでも失せろ!!!ゲットバックヒアー!! ちなみに最近の東西雪解けに従いロシア系AVが大量に上陸してい るな。そんなことも知らんのか愚か者!!制服系とロシア系を組み合わせたロシア美少女女子高生などという、ゲッター2が抜けて三神合体できないような水と油な組み合わせが出ているようだが、本官は断じて認めたりはしないぞッ!!!制服は日本の文化だ芸術だ!!!毛唐に日本の和の心など分かりはしない!!!貴様ら聞いているのか、軟弱スルメどもがああぁ!!!歯を食いしばれ、今日は徹底的にしごく!!!貴様らが自分の妄想でご飯三杯行けるまで今日は寝られないと思ええ!!! 」 昼寝じゃ。 2008/8/26 ひぐらしSS園崎魅音の憂鬱
「圭ちゃん」
「んー……ん?」 「また頭の中でブツブツ言ってるの?」 4畳の畳間を覆う暗闇に、私と圭ちゃんの声がぼんやりと広がっていく。
圭ちゃんが、そっと、私の髪をなでた。 まだ私が高校生だった頃、圭ちゃんとレナが付き合い始めたって聞いて、 ざっくりショートに切った髪は、今はもう肩甲骨を撫でるくらいには延びている。 圭ちゃんは仰向けて、ブツブツと今日勉強したことの復習? をしている。 六法全書を片手に持って夜食を食べるような圭ちゃんが、なにを考えているのかなんて、今の私に分かるわけない。
私は彼の隣で、うつぶせて、枕元を眺めていた。 窓の向こうには、部屋の闇より暗い空気が流れていた。 そう、ここは二人だけの隠れ家。 「まぁ、そんな感じ。ごめんな、……で、なに?」
「あの、圭ちゃんのが終わってからでいいよ」 「そう? わりぃな」 「ううん」 一つの布団に、二人で。
圭ちゃんは、むーむー唸りながら、手持ち無沙汰なのか、辺りに転がっていたボールペンを拾って、クルクルと回しだした。 私は、圭ちゃんがこれをするたびに、ちょっと嬉しくなる。 『ね、圭ちゃん』
『あんだよ』 『私、あんまり煙草の匂い、好きじゃ、ないなぁ』 『そっか』 『うん』 圭一が魅音の部屋へ通い始めた頃、圭一はヘビースモーカーでこそなかったが、それなりの量を吸う喫煙者だった。
世には副流煙だとか偉そうなお題目が事欠かないが、 魅音にとってはただ、圭一には煙草を吸ってほしくないと、そういう希望があっただけだった。 魅音が、煙草の匂いが嫌いだと告げたその日から今日まで、圭一が魅音の部屋で煙草を吸った事は無い。 たったそれだけ―――それだけの圭一の心遣いが魅音には嬉しかった。 「ま、こんなもんかな。終わったよ、魅音。で、なに」
「あの、さぁ」 「うん」 サラサラと圭一の指が魅音の髪を梳く。
魅音はそれが嫌いではなかった。 「今日は、朝までいられるの?」
「あー……いや、やっぱり戻んなきゃ」 「はいはいはーい、圭一せんせーい! 質問がありまーす」 「どうぞ、園崎魅音君」 「私と、お仕事と、どっちが大事なんですかぁー?」 「そんなの、魅音に決まってるだろ」 「あん……ひきょう、だよ……」 いつものやり取り。
仰向けだった体を魅音に向けて、圭一は魅音の頬を撫でる。
魅音は目を閉じる。 そっと、柔らかく圭一の口付けが魅音の唇に感じられた。 いくら重ねても慣れない、愛している人とのキス。 「な、俺ももうちょいしたらもっとお金もらえるようになるから」
「うん……まってる。そのときを、待ってるよ―――」 圭一は、再び仰向けて、考え事を始めた。
魅音は圭一に寄り添い、肩口にそっと唇を寄せた。 ね、圭ちゃん、私、嫌な女かなぁ……。
聞きたい事は一杯あるよ。 ねぇ、圭ちゃん。 圭ちゃんがレナと付き合い始めたって聞いて、 そして、絶対自分からは圭ちゃんと連絡取らないって決めてた私が、雛見沢を飛び出して、今ここで圭ちゃんとこうしてること、どう思いますか。 今、彼女とかいるんですか。 私って、圭ちゃんのなんですか。 とか、色々。 不意に圭一が、魅音を引き寄せた。
「ど、どうしたの?」
「なぁ、魅音」 「え、んんっ」 柔らかいキスが魅音の唇を襲う。
少しとろんとした目で、魅音は圭一の肩に手を回した。 「おっなんだ、魅音まだ元気なのか?」
「違うよぅ、圭ちゃんのえっち」 温かい圭一の体温を感じる。
魅音は目を閉じた。 圭一は、仰向けになった。 再び闇が身を起こして、広がる。 「な、魅音。俺に、して欲しいこととかないか」
「え、して欲しいこと……?」 「うん」 「ん~……えへへ、ない、かな。私、これで結構毎日充実してるし、生きてて楽しいもん。自分だけでやれてるよ」 「そっか」 「うん。……圭ちゃんどうしたの、何だか優しいよ……何かあったの?」 「いや……別に」 圭一も目を閉じた。
魅音は思う。 して欲しいこと? 圭ちゃんにしてみたいお願い。 圭ちゃん、朝まで一緒にいて欲しいな。 圭ちゃん、今度の日曜日空いてる? 一緒に映画行ったりして、デートしたいな。 圭ちゃんのお部屋って、何処にあるの? 遊びに行きたいなぁ、案内してほしいよ。 圭ちゃんお弁当とか要らない? 私、すぐに作って圭ちゃんに渡せるよ。 圭ちゃんが厄介になってるっていう事務所にいってみたいな。 そんなこと、言えるわけ無かった。
三年という時間は、驚くほど短い。
知らない人たちの中に混ざりこんで、知らないことを一つ一つ覚えていって。 朝は満員電車にぎゅうぎゅう詰めで、 会社に行って、仕事をして、誰もいない家に帰って、クタクタになった体を持て余して、気が付くと昨日と同じ朝が来る。 気が付けば、マンガやテレビで見ていた『大人』になってしまっていた。 子供の頃―――雛見沢にいた頃は、そんなこと思わなかった。 一年は遙に長い時間の塊で、一日一日が、精一杯で。 子供の頃の一年と、大人になってからの一年は、大分違うように、魅音には思えた。 それは、感傷なのだろうか? ホームシック? 私は―――寂しいのだろうか。 こんなに、圭ちゃんが傍にいるのに。 「あ……魅音、わりぃけど、もうそろそろ帰んなきゃ」
「あ、うん」 腕時計を一瞥した圭一が、帰り支度を始める。
カサカサと圭一の体を覆い始めるYシャツが、何だか憎い。 魅音は、自分もある程度服装を改めてから、圭一に近づく。 「圭ちゃん」
「ん? どした」 「その腕時計、イヤ、だな」 「イヤって」 「ううん、別に大した意味があるわけじゃないけど……あ、圭ちゃん襟曲がってる」 「お、わりぃ」 そっと襟を直しながら、圭一の首筋にキスをした。
痕が残るだろうか? いいよ、残ってもいい。 暗い部屋の中では、圭一の首筋にキスマークが残ったかどうかは、判然としなかった。 いつも通り、玄関口で、圭一の口付けを頬に受ける。
圭ちゃん、私、悪い女かな―――。 心の奥でそう呟く。 「じゃ、帰るわ」
「うん、また来てね」 今度はいつ来るの、なんて聞けない。
この後、貴方を待っている女の人はいるの、なんて聞けない。 背を向けかけた圭一が、何かを思い出したように振り返る。 「あー……あのな、魅音」
「? うん」 笑顔笑顔。
頭の中でどんなことを思っていても、笑顔になれるし笑った声が出せる。 「今度の日曜日、空いてるか」
「空いてるけど、どうしたの。お昼に会ったことなんて今までなかったじゃん」 「いや、指輪とか……買いに行こうかな、なんて」 「ほへ?」 「や、なんかあれだったろ、今まで、宙ぶらりんっていうか。俺もちゃんと事務所からお金もらえる様になったし、だから」 「え、だ、だって、他の女の、人とかは……?」 「は? 何言ってんだ魅音。他の女の人なんて、いねぇよ」 きらきらした、子供の頃のままの笑顔で、圭一は魅音に笑いかけた。
魅音は、それがむかついたので、張り手をかました。 「圭ちゃんのばかぁああああああ!!!」
泣きながら。
fin.
――――
あとがっきー。 愛すべき純情妄想むすめ、魅音。鏡に向かって頑張れ私党に所属。 鈍感圭一、何で張り手を食らったのか分からなかったので、悟史に愚痴ろうと思ったら、沙都子が電話に出て、まぁいいやと思って愚痴ったら2時間説教されました。 ひぐらしSS前原圭一の受難
「圭一くん、結婚しようよ」
「は?」
純米吟醸酒、越乃寒中梅をチビチビ飲みながら、台所に立つレナを見ておらぁ幸せだぁーなどと思っていた圭一は、ピタリと動きを止めた。
割と爆弾発言が飛び出したにも拘らず、圭一の耳に届く、とんとんと小気味よいリズムは変わらない。
いったい何ごとだろうか、と訝りながら、圭一はとりあえずコップに注いだ分の酒をぐいと飲み干した。
ぷひーと間の抜けた音をたててから、圭一は口を開く。
「なぁ、レナ。その、なんだ。その話はさ、結構前から何回もしてる、と思うんだけど」
「結婚式なんかいいから、早く結婚しちゃおう? 圭一くんもしかして印鑑持ってないの?」
「い、いやいやいや。な、なんで急にそんな話が……お金だって、その、まだ貯まってないし」
「ふーん。お金ねぇ、お金お金」
「……レナだってウエディングドレス着たいって」
「それとこれとは話が別だと思うかな、かな」
とんとんと、包丁とまな板の奏でる音は変わらない。
圭一は、むぅと唸りながら、椅子に座りなおして、頭に巻いたままだったネクタイを解いた。
チラリと時計を見る。
午前1時。
決して早い時間というわけではない。
かといって、明日はお休みで、久し振りでつかの間の解放に浸る事が、同棲2年目の彼女をして、結婚の決断を促さしめるとは一体何ごとか。
大したことを考えているわけでは無いけれど、とりあえずむんむんと唸ってみる。
しばらくむんむんトントンと、午前1時には相応しくなさそうな音が、圭一とレナのアパートに響き続けた。
かちりと分針が音を立てた頃、レナが再び口を開いた。
「圭一くん、今日で4日連続午前様なんだよ」
「い、いや~。す、すまん! 待ってくれてるレナには悪いと思ってる! これホント。でもなぁ、ほら、男の付き合いってもんが、」
「へぇー。じゃあ、4日連続で同じお店のマッチ箱持ってくるってどういうことなのかな、かな」
「せ、先輩がすきなんだよ」
「星乃って誰かな」
「はぶわっ!?」
レナの持つ包丁とまな板の奏でる音が、とんとんからどこどこに変わる。
圭一は気づいた。
レ、レナさん? アナタは、今、なにを作ってるんですか―――?(大汗
あくまでレナの声は楽しそうだ。まるで、ピクニックに持っていくお弁当を作っているかのような。
「い、いやー文緒さんな、俺が酔っ払ってべろんべろんになってるところを助けてくれた人で、レ、レナ? まな板を調理してるのか?」
「文緒さん? 文緒さんねぇ……きっと綺麗で可愛くて、レナなんか忘れちゃうくらい美人なんだろうね」
「な、なにを言ってるんだ! レナくらい俺の心臓に弩キューンってくる女の子はいないぞ! これホント!」
「ふーん。ふーん」
どごんどごん。
包丁がまな板を調理していく。
その頃には、鈍感圭一も流石に現状を把握した。
か、かなりヤバイ状況だけど、レナ、カバエエぞー。
などと、口に出したらカチ割られかねないことを考える。
「ブルーマーメイド。ふーん、ふーん」
「そう! ちょっと特殊な服装が大受けなんだ! ……い、いや、俺じゃなくて先輩方に、だぞ」(滝汗
ひぃと思わず悲鳴を上げる圭一。
くるりっと、レナが振り向いた。にっこり笑っている。アブナイ。
圭一はもう、本能のまま動いていた。
「レ、レナ!! すまんかった!! この通りだ!!」
「そ、そんな!? あの無駄にプライドの高い圭一くんがジャンピング土下座なんて! や、やめてよ圭一くん、レナ、そんな圭一くん見たくないよ!!!」
「た、確かに俺は先輩に誘われたとはいえ、ここんところ、遊びが過ぎた!」
「う、うん」
「家でな、こう、酔っ払って帰ってきたときに、レナが玄関で正座して待ってるのを見て、感動した! これホント!」
「じゃ、じゃあ」
「うん。これからはこんな事、二度としないから」
「……うん」
「俺にとってはレナが一番可愛くて、大事にしたい女の子だから」
「圭一くん……」
「レナがイヤだって言うならもう行かないよ、レナがして欲しいことならなんだってやるから! どうか、どうか」
命だけは、などとふざけた事は流石に口にしない圭一だった。
レナはあれこれ思案していたが、ふっと顔を上げた。
そうだ、名案だよ、などと手のひらを叩いて圭一に提案する。
「レナに、上手にキスしてくれたら許してあげる」
「ほえ?」
「いや、かな……かな?」
「レ、レナー!!!!!!!!!111」
「きゃ、圭一くん♪」
―――――
「今度変なお店に行ってるのが分かったら、圭一くん、千切ってお味噌汁の具にしちゃうんだから」
「は、はひ……」
fin.
あとがっきー。
たまにはいいんじゃあないですか。こういうのも。
シリアスなレナの独白はかける気がしません。
2008/8/24 WEB拍手レス>同一人さん
お久し振りです(笑)
見捨てないでいてくれて、嬉しいですぅ><
今回は短いお話でしたけど、圭沙のロングSSと、つながりを書く気でおりますよ。
まったりお待ち下さいませ。
レ鉈ンには、ガチで吹きましたwww
魅音も、もうちょっと頑張るんじゃないですか、今後はw
ではでは。
>朋也&杏たち~の方
拙作を読んでいただけましたこと、とても嬉しく思っております。
今後ともどうぞ御ひいきに。
智代が入っていないのは・・・入ってないSSを読んだのかそれとも(笑)
まま、楽しく読んでいただけたのなら本望です。
それでは、またよろしくお願いしますね。
2008/8/18 AA\\ もうおこったぞう \\ もうおこったぞう // もうおこったぞう // (⌒⌒⌒) どかーん! (⌒⌒⌒) || どかーん! || どかーん! / ̄ ̄\ (⌒⌒⌒) / ̄ ̄\ (( | ・ U | || | U ・ | 匚| |ι \ / J| |コ U 匚 ヽ  ̄ ̄ ̄ ̄\ / コ U \ ) U ・ | ⊂ / \ 入ヽ )) .J| | ( ! ̄| )) || ´ | ̄ ̄||U ||"~ ̄ 2008/8/17 君が望む永遠SSグロ注意。
水月は言った。酒精が回って朦朧とした意識を必死に叩き伸ばして言った。
「わ、わかった。じゃあさ、こうしよう? 孝之はバイトなんかやめちゃおうよ。私が仕事もっともっともっと頑張ってご飯だって食べさせてあげるし、ね、だ、だから」
捨てないで、と掠れた声を搾り出した。
孝之は黙ったままベッドに腰掛けている。 デジタルの時計が、いつもと変わらない無愛想な表情で、午前2時を指し示している。 ぼんやりとした頭の片隅で、明日―――もう今日の、仕事では、まともなことが出来ないなと考えていた。 立ち上る自分の酒臭い口臭や、何とも知れない黒々としたモノで汚れきったスーツなど気にも留めなかった。 ただ必死に、2日ぶりに入れてもらえた部屋から追い出されないような自分を提示し続けた。 孝之がぼんやりと顔を上げて口を開く。 明日、明日? 何かあっただろうか。 「……あのな、水月」
「ご、ごめん! 孝之はバイトやめたくないの? そうだよねバイトの子とも仲いいもんね、それなら、ええと、ええと」 埒もない考えは瞬時に、焦燥感に駆逐されて跡形もなく消え去る。
頭が爆発しそうな不安に耐えられず、孝之の表情に耐え切れず、とめどなく言葉が唇から溢れる。 どうしてどうして? 聞きたい言葉が口から溢れ出てしまいそうで怖い。 「ほ、ほら、孝之、私にしてほしいこと、一杯あるでしょ? いって、ね。言ってよ。孝之のためなら、なんだってやる、私なんだってやるから」
「なぁ、もう」 終わろうぜ、と、小さく孝之が口にする。
ぞわぞわと産毛が逆立って、急に嘔吐感がこみ上げてきた。必死に飲み下して、耐える。 「な、なんで?」
「言わなくても、もう、」 「孝之私のことスキダッテいったじゃない、愛してるっても言ってくれたじゃない」 うんざりだという表情をする孝之を見て口を閉じる。
違う違うこんなこという私のことを孝之は好きじゃない。嫌いなんだ。 「遙みたいな子が好きならそうなる、絶対。ほんとだよ、だから、傍においてよ。孝之がして欲しいことなんだってするし絶対邪魔になんかならないから」
「そういうのが、重いんだよ」 「う、う……ぐぅ……」 足から力が抜けて床に膝をつく。
孝之の目が少しだけ光った。恐いけどそれが嬉しい。ねぇもっと私を見てよ。 あれだけ好きあってたのに、貴方は私を 「なぁ水月、ちょっといいか」
「な、なに」 むしのはねをむしるような
「お前、俺のためだなんていってるけど、それ嘘だろ」
「な、なんで? ほんとだよ、私、」 「ちげーよ。自分自分自分自分、お前は 自 分 が し て ほ し い こ と を 俺 に し て あ げ る か ら 傍 に い さ せ て く れ っ て 言 っ て る だ け な ん だ よ」 「何言ってるのか、わかんないよ」 「今のお前が傍にいることが俺にとってどんなに重荷なのかわかってないから傍にいさせてくれなんていえるんだよ」 お前なんか要らないんだよ、と聞こえた。
「一番俺のためになるのは、お前がいなくなることなんだよ」
ぼぅっと、笑っている孝之を見上げた。 プツンとブラウン管が ――――――ー 久しく音信の絶えていた孝之の部屋を、訪れた。
マンションのエントランスに足を踏み入れる。
早瀬もここのところ連絡が取れないので、何か胸騒ぎがしたから、というのは理由になるだろうか。 夏の蒸し暑さのせいだろうか、何処となく不衛生な匂いが漂う建物の中を見回した。 大方何処かの部屋で生ものを腐らせてしまった奴がいるのだろう。気をつけなければ自分もいつそうなるか分かったものではない。 決して几帳面ではない自分の部屋の有様を思い出して、自嘲気味にそんな事を考えた。 冷え冷えとして見える階段をゆっくりと上りながら、慎二はため息をはいた。 早瀬がきちんと整理整頓をしていた孝之の部屋では、そんなことは無いだろうな、と思ったからだ。 ふと、俯きがちだった視界の端に、白っぽいものがうごめいているのを見た。 「……ん? なんだぁ……?」
その蠢くモノをぼーっとした頭のまま、目で追っているうちに、孝之の部屋の前に辿り着く。
何か、甘いような不思議な香りがそこかしこに充満している。 何故か視界の端を動き回るものを直視しようという気にはなれなかった。 「孝之? いるのか?」
妙に覚めてきた思考を意識しながら、チャイムを鳴らさずに(いつもはそうしないのに)ドアのノブをひねった。
冷たい感触に、背筋が寒くなった。 「……開いてる」
ぎ、と軽い音をたてて、ドアが開いた。
途端、黒いものが視界を覆った。覆って、その黒いものが顔面を叩く。思わず悲鳴を上げていた。 蝿の群れ、だった。 丸々と太った成体のそれが、新たな何かに向かって、或いはその場から逃げ出そうとしたのか、とにかくとにかく 一斉にドアの向こうに飛び出した。 蝿の群れを追うように、掠れた声が響いてきた。 「孝之? かえって、きたの?」
玄関先には、記憶の彼方で手を振っている彼女の着ている、白陵柊の制服の少女が横たわっている。
どす黒く変色した脇腹から生えた奇妙な物体が、鈍い陽光を反射している。 蟲たちの寝床になっている茜の、体を越えて、聞きなれていたはずの声が覆いかぶさってくる。
廊下の向こうから、
「もう、いつまで待たせるのよぉ、美味しいご飯が冷めちゃうでしょう?」
白く白い裸体に、ぱりぱりに乾いた黒色の装飾を施した女が、顔を見せた。
憂いなど何もなく。 もうはなれることなどないと、血肉に変わった己の想い人の外見を他人に貼り付けて、にっこりと笑った。 幸せな水月の目には、いつだって孝之が映るから。
ゆっくりと、ひび割れた水月の唇の端から、腐りきった孝之の指のかけらが落ちた。
fin. 2008/8/1 蔵SSの「冬の日に」を探してきた方君が望む永遠SS穂村愛美は胸のうちから溢れてくる焦燥感に必死で耐えた。
自分が自分でなくなれば、鳴海孝之を愛することが出来ないから。
脳みその内側から、声がする、怨嗟の声が。
ガンガンと内側から鐘を叩かれ、耳を塞ぐその瞬間に、指の間をすり抜けた小さな小さな、たくさんのたくさんの白い虫たちが脳の隙間を埋め尽くして這い回る。
それらの行進は全く止まず、綺麗に切りそろえられた爪たちで、ガリガリとこめかみを引っかいてみるが何の効果もない。
ただ、細く白い髪が薄い血にまみれて指に絡みついた。ガリガリと引っかいている音が、脳の内側の虫達のうごめく音だと気づくのに時間はかからなかった。
心臓の鼓動に合わせて、音は段々と大きくなる。
お前は要らない、不要だ、邪魔だ、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねお前が何をすることも望んでいない、この、クズが、と。
体がぶるぶると震え、重い乳房の谷間を生ぬるく気持ちの悪い汗がはっていく。
エアコンも入っていない部屋は暑く、蒸し、暗く、臭かった。
生理の血が太ももの間をつぅと垂れる。
吐き気がこみ上げる。喉元でグゥと嘔吐物がせき止められる。鼻腔からぷしゃっと汚水が跳ねた。
イヤダイヤダイヤダイヤダだれか―――。
自分が世界で一番惨めな汚らしく穢れたナメクジだと信じて疑わなかった。
そう思うことで、自分を貶めることで、そんなカタチでなら世界に存在していいモノだと自分を生かすことが出来た。
悲しいのか悔しいのか、何故自分だけがそんな存在なのか分からなくて、溢れた涙が瞼を割る。熱い涙が体を焼いて目を潰してくれればいいとそう思う。
ただ苦しくて、思わず喉をかきむしった。死んでしまいたい。消えたい。ただ息が出来なくて、
濁った涙で曇る視界に、愛して止まないヒトの写真がうつった。
「うぁ、は。……な、鳴海さん、私を、愛して、抱きしめてくだ、さい……それだけで」
ゆるりとした唾液が口唇を濡らした。
汚物自身
君が望む永遠SS/18禁・ダーク/穂村・遙・水月・慎二・茜・孝之/Written by kibi.
1
冷たく、目立った物のない部屋で、一人、自らを卑下し自身を食らい尽くそうとする脳内物質が頭を駆け巡るのを感じていた。
全くといっていいほど感覚が鈍化している性器と乳房とを、呪(まじな)いの様にこねる。
まるでそれが救いを産むかのように、まるでそれが気を紛らわせることになる行為であるかのように。必死で。
オリモノと経血と愛液がドロドロに混ざって、純白のシーツに汚らしい紋様を描く。ショーツなど疾うの昔に剥ぎ取っていた。
がくんとしだれ落ちた首から連なるうつろな目が、それを眺めて顔を寄せた。
脇の下から生理のとき独特の濃い体臭が渦を巻くように広がり、鼻腔から体内へ入り、鳩尾の辺りのズキズキとした痛みを倍化させる。
嘔吐した。べちゃべちゃと汚らしい音が鳴る。
昼に食べたお茶漬けの、梅の肉のような小さく赤い物体が、白く粘つく米の海に漂った。何故かピンク色のゼリーのようなものが混ざり合っていた。
それらの液体と固体とが、腐液の只中に吸い込まれていく。マーブリングのような一種独特の色が、ぐらぐらと揺れる視界で跳ねた。
屈んだ体につられて、頭髪が、汚れた布団にへばりつく。
髪をすいたのがつい1時間ほど前だったことを思い出して、また胃の腑が熱くなり、灼熱の涙を感じながら嘔吐した。
その間も狂ったように右手は充血して腫れた秘芯をこじ開け、汚液をかき出し、てのひらの間に握り、指の隙間から零れさせ、
左手は不可解なほどパンパンに張り詰めた―――水死体の腹部のそれと遜色ない―――自身の乳房をこね回し乳首をねじり潰していた。
自分の口から獣のような咆哮が飛び出し響き渡っているのに気づきはしなかった。
どんなに指を動かしても、どんなに舌をうごめかせても、体の奥から絶え間なく湧き出る嫉妬心焦燥感劣等感、独占欲、愛情、憎しみ、嫌悪感、が―――頭を焦がす。
快感などはるか遠く、もどかしさしか募らないその行為が、ただただ自分を救うと信じて疑わなかった。溶岩のように熱い、バケツからこぼされたふうな汗が周囲をびちゃびちゃと濡らす。
汚れきった右手をシーツにきつく押し付け、それでも爪の間から香る濃密で不快なにおいが気に食わず、迷わず口に含んで、腐敗したレバーのようなそれをぐちゅぐちゅと音をたててすすり、まだ犯されていない皮膚でぎゅうぎゅうと拭い、それからその手を伸ばして棚の上にあった写真立てを目の前に置いた。
何処かとぼけたような、しかし穂村自身にはとろけさせるような笑顔を載せた、鳴海孝之の全身像がそこにはあった。
それを見て思う。強く強く思う。
何故自分が鳴海孝之の隣にいないのか。何故自分が鳴海孝之の傍にいてぎゅうと抱きしめられていないのか。こんなにこんなにこんなにこんなに好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛して愛して愛して愛して愛してたまらないのにどうして。
なるみたかゆき、と口に出しただけで、鳩尾にわだかまっていたキリキリとする重石が軽くなっていくのが分かる。そして胸のうちから柔らかく温かい感情が生まれるのが分かった。
写真にゆっくりと舌を伸ばす。それに合わせて自身の生臭い口臭が宙をまい、そのにおいをかいでゾクゾクと背筋が震えた。
写真にはもう何度も何度も何度も口付け愛液を塗りたくったりしてきたので、今目の前にある写真はかれこれこれで20枚目くらいだったはずだ。まだまだ代わりはあるけれど、ただその一つ一つが愛おしい。
写真の写りが薄れ、剥がれ落ちそうになった頃に、それを丸めて己の口の中に押し込んでゴクリと嚥下するときの快感を思い出して、ざわざわと子宮がうごめくのが分かった。途端に熱い愛液がぶわっと溢れ、股の間を濡らす。
はしたないと思いながら―――自分ひとりしかいない空間で、裸になりくすくすけたけたと笑いながら、ドス黒い経血を振り撒いて、純白だったシーツの上をゆっくりと転がる。
手に取った写真を、涎を大量にわかせて、ねぶりながら。
愛しい、愛しい、愛しい―――、もし自分が死ぬなら体をどこかで切り刻んでそれを売り払って出来たお金は全部鳴海さんにあげるんだ、いいえ違うの、そうすることで鳴海さんが私にちょっとでも気持ちを向けてくれるとかそんな下種(げす)な話ではない。
私が彼の傍にいるのは、私がそうやって鳴海さんにお金を渡すことより果たして役に立つのだろうか、どうだろうどうだろうどうだろう。
ぼんやりと右手を陰唇に添えてぐりぐりとひねりながら考える。シーツの上を転がったことでぱりぱりとした感触になった愛液が気に障る。右手の人差し指を舐ってたっぷりと水気を足して、真っ赤な股間へと伸ばした。
自分が鳴海さんの傍にいて笑っていて、ちょっと胸を押し付けたりして照れた顔を見せてくれる鳴海さんの傍で私は私は、私は鳴海さんの為ならなんだってできる、それなのにそれなのにそれなのにそれなのに。
早瀬―――とか言う女の人と、鳴海さんは今付き合っているんだ。そうして涼宮さんのお見舞いに来ている。
汚らしい自慰に耽った時間と共に、焦燥感や劣等感が少しずつ薄らいで、そんな彼女達のことを考えることが出来る様になった。ちらと枕もとの時計を見るとうなされて起きてから既に3時間がたっていた。
3時間弄繰り回しても―――生理とはいえ―――全く納まらない体を少しく鬱陶しく思う。近親の陵辱はそれだけのものを残したのだということだろう。
汚れきったシーツを体に巻きつける。ぎゅうと、強く、強く縛り付けて、少しでも自分の体臭が外に漏れ出さないように、少しでも自分の体とシーツの隙間がなくなるようにした。
ヌルヌルとした太ももの感触が、ぱりぱりとかゆいそれに変わらないうちは、こうしているのが一番楽で落ち着ける時間だった。
恐らくは、毎日涼宮さんのお見舞いに来ている涼宮さんの妹さんも、鳴海さんのことが好きなのだろう。
それでなければ、あんなに無視する格好を取っているのに、寂しそうな顔をしたり、鳴海さんの顔をじっと見たりなんてするはずがない。
涼宮さんのお母様が見えたときに、鳴海さんの挙動について、涼宮さんの妹さんが、それとなく聞いたりしているのも見たことがある。
涼宮さんの妹さんは、きりっとした目の、一種ボーイッシュといってもいい印象を与える視線が強烈だけれど、綺麗に手入れされた髪が、眉が、ふっくらとした唇が、もちろん少年や少女ではなく、女、だということを強烈にアピールしている。伸びやかな肢体は少女から女へと変遷を遂げ始めている。はじけるような生気を感じさせる肢体。
早瀬さんは、綺麗で、笑顔が爽やかで、髪がざっくり切られているのも涼やかな感じを受けるし、水泳をやっていたといっていたっけ、すらりとした身体や、綺麗な肌、長く伸びた足は、とてもセクシーだ。同僚の看護婦達は、彼女に対してどちらかと言えば反発している人が多い。同性にはもてないタイプだけれど、確かに盛り上がった胸元や、時折覗く太ももはきっと男の人には魅力的で、とてもスタイルがいい。
涼宮さんは―――可愛い。可愛らしい人。おっとりとした性格や、おしとやかなお嬢様といった言動、純粋で一途な性格を思わせる容姿と、その佇まい。お嫁さんにしたいタイプだねと文緒先輩がいつも言う。長く綺麗な髪がとても羨ましい。きっと彼女の母親のようなゆったりと落ち着いた静かな綺麗さを、恋人の前では持っている人なのだろう。
自分の地味な顔を思い返すたびに、自分の野暮ったい格好を思い出すたびに。
脳裏でぐるぐるとお前は要らないお前は勝てないお前は鳴海孝之の傍にはいられないと、うるさい声が回る。回る、回って回って脳を内側から削っていく。
鳴海さんが幸せになるのならそれでいいとずっとずっと思いつめてきた。
けれど、けれど。
今の状況はどうだろう、鳴海さんは苦しんでる。早瀬さんに気持ちを確かに持てと急かされて、涼宮さんへの気持ちを捨て切れなくて、涼宮さんの妹さんに愛情からの八つ当たりを受けて。
そんな時にそんな時に、鳴海さんを世界で一番誰よりも誰よりも愛している私が、何か鳴海さんの役に立てるのでは無いか。少しだけ少しだけ、頑張ってみてはどうだろうか。
浅い睡眠が3週間続き、早朝覚醒が2週間続き、抑うつが1週間続き、鬱の波を察して、薬局から安定剤を持ち出した穂村愛美の脳裏には、そんな言葉が浮かんだ。
水蒸気が立ち込めそうなほど、蒸し暑いボロアパートの一室で、軽い睡眠薬マイスリーのもたらす異様な高揚感に包まれて、彼女は鳴海孝之の写った写真をゆっくりと口に含み、かみ締めて絶頂した。
2
「あ、あの、……文緒さんから伝言を伝えてくれと頼まれて来ました」
「ああ!? 何だこのメガネ」
「うわっだっせー女」
「うわーまだこんなのがいんのか」
「あの……」
日が落ちて暗くなった頃。
文緒が以前、職務休憩中にポロリと漏らした言葉を穂村はしっかりと覚えていた。
役に立たないだろうと思われることばかり、脳裏に刻み込んでしまう自分の精神体系が彼女は嫌いで仕方なかったが、今ばかりはそれに感謝していた。
欅町の駅前から、少し繁華街の方へ入ったところに、ポツンとレストランのゴミ箱などが放置されるロジウラがある。
穂村は、外出用のラフな格好のまま、その路地裏の前に立っていた。
目の前に広がる情景が、これまでの人生の、どの場面にも当てはまらない情景だっただけに、全く現実感が伴わず、ぼやぼやとした曖昧な空間に立っているような気がしていた。
目の前には5,6人のゴロツキがたむろしている。
膨れたポケットを見せびらかすようにした坊主頭の男が、おずおずと近寄る穂村を威嚇するように見すくめ、卑猥な手まねをしながら罵倒する。
穂村は、腹の底から生まれてくる震えをどうにも押しとどめられず、思わず一歩後ろに下がってしまった。
そんな彼女の様子を見て、ゴロツキの連中の目の色が変わる。
すばやく扇状に散開し、じりじりと路地裏の奥に穂村を追い詰めようとする。
もちろん夜とはいえ人通りはあるし、穂村には受け入れたくないことだが、この連中は穂村を捕まえて何かするというよりは、彼女の財布などが目当てであったろう。
それほど、女を見る目では無い、馬鹿にしたような表情だった。
穂村が息を呑んで、もう一度たたらを踏んだ瞬間に、右手の方にいたドレッドヘアの粗野な男が掴みかかってきた。
案の定、チラチラと視線を寄越していた帰宅途中のサラリーマンやオーエル、これから飲みに繰り出そうとする学生達はその光景から目をそらした。
「きゃぁっ! いたっ……ッ」
「……静かにしろよ」
思わず大きな声を上げてしまった穂村だったが、男に左手をひねり上げられて、どうにか声を喉の奥に押し込んだ。
自分とははっきりと種類の違う生き物―――男の力に、穂村は驚愕した。死ぬ、とも思った。
しかし、その瞬間に、ここでは死ねない、どうあっても目的を果たすまでは―――と心の中で奮い立った。そして震える唇を開いた。
「……あ、あの……! 私、文緒さんと、知り合い、です………!」
「あ? てめぇみてぇなブッサイクの芋女がみおっちと知り合いだと?」
「ざけんじゃねーぞブタ!!! てめぇテキトーぶっこいてるとソープ沈めるぞコラ」
「きゃっ」
酔っていたのか、一番ガタイのいいリーダーと思しき男が穂村の頬に張り手を見舞う。
揺らめきながら、それにどうにか耐え、穂村はもう一つ言葉を紡いだ。
「……文緒さんが、ある女を襲って、ビデオ撮ってくれ、って」
その言葉を聴いて、男たちの視線が固まった。
埃とゲロと小便とアルコールで固められた路地裏に、ちゅぱちゅぱと湿った音が響き始めたのは、それから30分もしない頃だった。
都会―――繁華街の真上から、小さな月が、天からの覗き穴のように、その矮躯を晒していた。
3
「涼宮さん、入りますね」
しんとした白い病室は、茜が毎日世話をしてる花や、さり気なく置かれたファンシーな小物のお陰で、初めの頃の殺風景さをある程度失っていた。
茜や孝之が退出した隙を突いて、それでも巡回の名目でもって、涼宮遙の病室へ、穂村は入室した。
きらきらとした赤い夕陽を、真っ白いカーテンが受け止めている。静かな、静かな時間が流れていた。ふわりと病室に漂うのは、甘ったるい柑橘系のオーデコロンの香りと、遙の代謝物の薄い香りの交じり合ったものだった。
不潔―――というのではない。生きているモノならどうあっても新陳代謝は進むし、それは深窓の姫君でも灰かぶりでも大差は無い。
大差は無いと思いつつも、自身の白衣の襟ぐりから、清潔な消毒液の香りと共に漂いだす濃い体臭に、穂村は羞恥と嫉妬を覚えた。
ああそうだろう、美しく、可愛らしく、私の愛するあの人に相応しい人としてここに仰臥している少女こそは、体臭からして穂村自身を貶めるものだったのだろう、と。
イライラとナースキャップの位置を正しなどし、後ろ手に病室の扉に鍵をかける。
「お熱を、測りましょうか」
ポツリとそんな事を呟きながら、体温計を、その眠り姫の白皙の美貌に差し出したところで、穂村は病室の白い壁に、自身が持ってきた壁紙の色を合わせる。
穂村が手に持っていたのは、どれも同じ様に見える数種類の壁紙だったが、それらはそれぞれ明るかったり暗かったり、いずれも微小ながら色の差異を持つものだった。
それぞれを壁紙の色と比較していた穂村の手が、ピタリと止まる。ちょうど同じ色の紙が見つかったのだ。
そうして、遙の顔のほうに差し向けていた体温計を、ひょいとその小さな鼻腔にさしこみ、遠慮なくその粘膜を擦りあげた。く、と遙の表情が、微かに条件反射の範囲で動くが、目の覚めないことを知っている穂村は無表情に淡々とその行動を続ける。
しばらくして、するりと音もたてずに、遙の小ぶりな鼻腔から、鮮烈な赤色が流れ出してくる。無表情だった穂村の顔が、すっと緩む。体温計にたっぷりと遙の鼻血を付着させ、先ほど病室の壁紙と同色だと判別した紙に、しるしのように塗りたくった。
そのあと、ガーゼを取り出して処置をし、既定の作業を、穂村はてきぱきとこなし始める。
「……あれ? 誰かいるんですか? 鳴海さん……ですか?」
そうしてしばらくすると、がちゃがちゃとノブをひねる音を追いかけるように、不審げな茜の声が聞こえてくる。
「あ、すみません。ちょっと検査をしていたので……すぐ開けます」
「あ、看護婦さん……」
何気なく返事を返しながら、穂村はすばやく医療器具以外の物品を隠し、三度(さんど)部屋の様子を確認してから、病室のドアを開けた。
ドアの向こうには、悄然としながらも、何処か警戒したような、涼宮遙の妹、茜が屹然とした態(てい)で立っていた。
「こんにちは……あの、いつもありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる茜に合わせて、穂村も頭を下げた。
「いいえ、仕事ですから。貴女もいつもご苦労様、です」
「いえ、私なんか………」
ふっと顔を翳らせて、俯きながら病室へ入ってくる少女のカルキ臭い匂いを嗅ぎながら、今、孝之がこの病室へ入ってこればいいのに、と穂村は思った。
茜が病室の窓を開け、カーテンをさぁと開け放ったとき、穂村は病室を出た。
4
病室への扉を開けた瞬間、茜は敏感にツキノモノの匂いを嗅ぎ取った。
何食わぬ顔をして―――茜の表情を見ても、羞恥で頬を染めもせず―――部屋を出て行った看護婦のモノだろう。
清潔第一といった看護婦が、そこらにいる女の子と同じ様にそういった臭いをさせるというのが、茜にはショックでもあり目新しく思えることでもあった。
「……姉さん、今日も来たよ」
頭の片隅で、益体もないことを考えながら、茜はいつもの通り、眠り続ける姉に小さく声を掛けた。
静かに目を閉じる、透明に透けてしまいそうな、けれど可憐な遙の顔。
姉である遙が一度目をあけてから、また再び目を閉じてしまってから、それでも茜はつまらなく流れていく日々の一部を、この閑散とした病室へ通うことで作り上げてきた。
がしゃんと、我知らず大きな音をたててしまいながら、椅子をベッドの側面に据える。
それには頓着せずに、茜はふっとため息を吐き捨てた。
今日は、あの人や―――鳴海さんは、ここにきたのだろうか。二人連れ立っては来られないだろうから、恐らくはどちらか一方が来たに違いない。
微妙に置かれている場所が昨日とは違っていた椅子や、ベッドのわきの荷物置きなどを気に留めながら、茜はそんな事を思った。
ぶらぶらと、少し持ち上げた足を揺する。そんな自分の子供っぽい仕草が、何故か孝之に注視されているような気がして、一人赤面する。
「別に、鳴海さんなんて……」
夢の中をさまよう姉に聞こえないように、今度こそ小さく小さく呟く。
風邪を引いて、優しくされて、家まで送ってもらったくらいで、気持ちが柔らかくなってしまう自分は、なんて子供っぽく意志の弱い女なのだろうかと、自省する。
そう、決して曖昧になんかならない、してはいけないことはある。
その為に自分は大事なものをたくさん置いてきたんだから―――。
「姉さん、お願いだから早く目を覚ましてよ………私、色々、つらいよぅ―――」
珍しく弱音を吐きつつ、姉のさらりとした髪を撫でながら、姉がいなければ今の状況はなかったのだろうかと、茜はそんな事を思っていた。
鳴海さんが辛い、水月先輩が辛い、私が辛い、お母さんが辛い、お父さんが辛い、今の状況が。
「……そんなの馬鹿げてる。私は、」
腰の弱くなった、それでもさらりと綺麗な遙の髪に指を絡めながら、茜はきゅっと唇を結んだ。
「水月先輩と、鳴海さんを、絶対に許さない」
けれどここにきている自分は、本当は何を期待しているのかと―――そんな思いを振り切りながら。
白い病室の外。
誰に媚びるでもなく、真っ赤な夕陽がその傾きを変えた。
5
へぇ、お前が盗撮用のカメラなんてね―――。
自宅で、新しく買ったノートパソコンを弄繰り回しながら―――画面上では、涼宮遙の病室で、鬱鬱としている様子の孝之が、入室したり退室したりしていた―――穂村は自身の陰唇を弄くり、自分を中学の3年間、奴隷として扱ってきた男の声を思い出していた。
欅総合病院の、涼宮遙の病室には今や、異なる角度から病室全体をカヴァーする盗撮用のカメラが、2台仕掛けられていた。
そこから配信される全ての動画を、ノートパソコンの2分割された画面で見つめながら、穂村は自慰に耽っていた。
「ふっ……くぅうう……鳴海、さん……あぅう……!」
鳴海孝之を、誰よりも鳴海孝之を愛する穂村愛美が、救うこと。
それは、とりもなおさず、彼を苦しめているファクターを全て排除することから始められるべきだった―――少なくとも穂村にとっては。
ゆえに彼女は、日本が世界に誇るべき電気街、秋葉原へ出向き、盗撮用の無線小型カメラを購入し、涼宮遙の病室へ設置することから一連の行動を始めた。
もちろんそれに伴う知識の詰め込みは必須であり前提であったが、愛ゆえに(彼女はそう信じて疑わなかった)穂村はそれをクリアした。
ただし、彼女にとって不運だったのか、それとも幸運だったのか、秋葉原でふらりと穂村の訪れた店の店員は、彼女が忘れたくても忘れられない青年だった。
西村―――穂村を中学の3年間、いいように性のはけ口としてもてあそんだ男。
穂村に気づくと、彼は昔と少しも変わらない好色な表情を浮かべて、店の裏で散々に彼女を陵辱した後、気だるげに客の要求を満たす商品を勧め、より目的を果たすのに都合の良いアドヴァイスをした。
すなわち、条件を満たす室内を移動する物体を察知すると同時に、録画を開始し、高解像度で小電力、室内の蛍光灯の内部に設置することで、蛍光灯をつける時に、カメラ内部にあるバッテリーに余剰電力が蓄電され、通常使用で数週間は稼動する長期戦用の小型カメラと、それの放つ電波を受信して、自室で閲覧できるようにする手法を、彼は穂村に伝授したのだ。
従って、穂村のする事は、遙の入院している病室の棟にあるワークステーションに、カメラから無線LANを経緯して映像を送るように設定し、定刻になると映像データが欅総合病院のサーバーにFTPでアップロードされる環境を作り上げ、そのサーバーにトロイの木馬を送り込んで、いつでもリモートコントロールできるようにすることだけだった。
そうするだけで、穂村は自宅のノートパソコンでその映像をダウンロードすることが可能になる。
ダウンロードするデータが重く、多少タイムラグはあるが、穂村が望みさえすれば、ほぼリアルタイムで遙の部屋を観察することが可能になったわけだ。
自身を汚しつくした中学の頃の同級生に、穂村は柄にもなく感謝した。ゆるりとゆまりの垂れ落ちる感触に、ほぅと陶酔のため息を漏らす。
今、穂村の味わっている動画―――選択と愛情の苦しみに顔をしかめている孝之は、彼女の脳内で、彼女のためだけにその表情を見せていた。
その事を思うだけで、ゾクゾクと恐いくらいの悦楽が、こぞって穂村の背筋を上っていく。分刻みで、視界が快感に白熱するのが、彼女には分かった。
穂村には分かっていた。
優しく、人を傷つけることなど出来ない孝之は、いつか目を覚ますだろう―――それが何十年後でも穂村には関係のないことだったが―――涼宮遙の、一方的に過ぎる愛情表現に、その膝を屈してしまうだろうことが。
それが性交であれ接吻であれ、鳴海孝之を世界で一番愛している穂村愛美には大して違いはなかった。
問題は、それを見るべきでない誰かが、他の誰かの手によって、その情景を見てしまうことが、現実としてあり得ると言う事実が、存することだけだった。
今はもう脳裏を削る虫もいない、彼女を苛む声も聞こえない。
当然だった、鳴海孝之―――穂村愛美がその生を奉げてでも仕えるべき相手を、今彼女は幸福の道へと導いているのだから。
「な、る、みぃいいいいさぁっ……んんんッふぁああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」
もう今日一日で3桁に届くほどの絶頂を迎えながら、確かに、穂村愛美は幸せの只中にいた。
大量に摂取された精神安定剤が、フラフラと、夜に輝く星のそこまで、ゆっくりと彼女を導く、刹那の時に包まれながら。
6
「くぅう。ねみぃなぁ~……ふぁああああああ」
平慎二は、欅総合病院へ向かう道をよそ見してそぞろ歩きながら、気の抜けた独り言とあくびを漏らした。
当然といえば当然だっただろう、昨夜―――正確には今日の午前3時まで、彼は、同じ大学の学生達との酒宴に参加していたのだから。
多少とも酒臭さの残る自身の口臭を、うたた寝していた酒場から目的地までの間のコンビニで購入したガムで紛らわしながら、彼は歩いていた。
夏真っ盛りといえる、街中にあってさえけたたましい蝉達の鳴き声が、ただでさえガンガンと痛む慎二の脳みそを揺さぶった。
冗談じゃねぇ、蝉なんざのラヴコールなんて。
頭をふりふり、なんとか真っ直ぐに歩いて、彼は目的地への道を辿った。この道を歩くのも、もう何度目になるだろうか―――今更考えるのも馬鹿らしかった。
涼宮遙、というのが、彼が見舞う予定の少女の名前だった。
3年前に交通事故の被害者となり、意識不明の状態に陥った、彼の親友のガールフレンド。
自分でも不思議になるくらい酒精でぼんやりとした理性は、そんな彼女を見舞うことを、「お人よしに過ぎる」と判断していた。
ぺっと、歩道に苦い唾を吐きながら、慎二はそのことについて考えてみた。
考えてみたけれど、馬鹿な奴だと、高校以来付き合いのなくなった縁の薄かった友人連中の、彼を揶揄した言葉が、その思考を邪魔する。
酒なんて度を過ぎてまで飲むもんじゃねぇな―――と、自分と腐れ縁で繋がっているダチの顔を思い出しながら、慎二は苦笑した。
何故か閑散とした道路の、その片隅にポツンと置き忘れられたジュースの缶を、彼は思い切り蹴飛ばした。
かこんと、真っ直ぐな太陽が燦々(さんさん)と降り注ぐ昼日中に相応しい音をたてて、その缶は吹き飛んでいった。
―――お前、早瀬のことが好きなんだろ。
遠く遠く離れていくその缶を見つめていた慎二の脳裏に、高校時代の同級生の、囃し立てるような声が、あまりにもリアルに再生された。
事実、誰か事情を知っているヤロウが、背後から自身に声を掛けたのかと、慎二は振り返ったが、当然誰も周囲にはいなかった。
「早瀬のことが好きだろ、か……」
これから自分の見舞う可憐な少女と、恐らくはその妹と、それから自分の恋焦がれたオンナとが、憎からず思っているだろう、自分の親友について、慎二は思いを馳せた。
自分自身でさえ不可解な、理由すらない理由で、気楽に親友として付き合うことの出来る男とは、彼が思いを馳せた青年、鳴海孝之その人だった。
慎二は、俗に言う友達甲斐のある友達だっただろう、少なくとも早瀬水月と涼宮遙と、鳴海孝之にとっては。
自分が淡く恋心を抱いた少女が、思いを寄せながらもその親友に恋路を譲った友人と、それ以前と変わらぬ友人として接し続けたのだから。
それだけでなく、自身が恋した少女が幸せならばと、理に合わない様に思われる早瀬水月と鳴海孝之との、二人の恋愛をすら、後押ししてやったのだから。
「まったく、どうかしてるぜ」
そんな言葉を多少なりとも誇らしく思いながら、しかし、平慎二はほんの僅かな痛みをも感じていた。
自分が恋したオンナと触れ合う夢が、自分の夢と重なること―――。
しかし、彼はそれを当然あるべき範囲にあるものと受け入れていた。少なくともそのときは。
ゆっくりと、重厚に構えられた欅総合病院の門をくぐりながら、慎二は病院本館の入り口でブラブラと歩き回っている看護婦を見かけた。
何度か見た事のある看護婦だ、そう、涼宮の病室で。
なんとなくそう思いながら、本館の入り口へ足を向けた彼の元へ、その看護婦は走りよってきた。
緑色の髪を、センスの悪い髪飾りで留めた、その地味な顔立ちの看護婦は、具合が悪いのだろうか、蒼い顔をしてぜいぜいと息つぎをしながら、
「平慎二さん、ですよね、涼宮さんのお友達の。申し訳ありませんが、いつでも連絡できるよう、携帯電話か、すぐに対応できる固定電話の番号をお教え願えますか―――?」
そんな事をいった。
7
早瀬水月は、湯茶室に設えられたボロくさいテーブルの上に円形に並べられた、簡素な湯飲みにお茶をぐるりと淹れ続けた。
朝一番のお茶配りは、いつの頃からか自分の仕事になっていた。誰かに媚びるというわけではなく、そうすることが当然で普通のことだった。
しかし、事実誰がやってもいい仕事は甚だしくつまらなく、いっそ流しに放置された汚れ布巾を絞って味付けをしてやろうかとすら思った。
こぞって自分の淹れた飲み物を偉そうな顔をして受け取りたがる糞親父どもには、どうせ味の違いなど分かりはしまい。
コーヒー通を気取っていた課長が、どこからかくすねてきた馬鹿高いコーヒーを、淹れ方からあれこれと紙に書いて指示して準備させて悦に入っていたが、ある日、手違いで何も知らない新入社員(もちろんOLだ)の淹れた、うっすいインスタントコーヒーを飲んでも、なんら頓着しなかったことからも、彼らの舌が大したことがないのは容易に知れる。
普段はピーチクパーチクとくだらない噂話とほとんど妄想に近い週末の予定を垂れ流す同僚達に愛想笑いを返すだけだった更衣室は、そんなことがあった翌日だけは水月にとって有意義な場所となったものだ。
イライライライラと、何処か冷めた視線で自分はそんな脳みそが半壊して残りの半分がことごとく発酵している女どもとは違うと考えている自分を感じた。
そう、コピー取りにお茶汲みに電話の対応に同僚の噂話や愚痴への付き合いに忙殺される日々は、ここに来て耐え難いものに感じられて仕方がなくなった。
一体何のために―――と、数日前から電源を切りっぱなしの携帯の薄っぺらな感触を思い出しながら、水月は深く深く嘆息した。
たった一週間、考えてみればそれ以前には一年と付き合いのなかった女の子と顔を合わせることが、まさか自分と3年近く恋人として付き合ってきた男の心を、180度近く変容させるものだとは夢にも思っていなかったからだ。
平々凡々な日々がただ薄らぼんやりと過ぎ去っていくのを感じて、『何か変わったことが起きないかな』などと今考えれば噴飯もののボヤキをもらしたのは、一体いつだっただろうか。
確かいつもの通り孝之の部屋へ通って、セックスして、馬鹿な話をしてキスをして、そんな日常の一コマだったはずなのに。
順繰りにぼんやりと淹れ続けていたお茶が、段々といつもの量に迫っていく。
罪の意識はもちろんあった。自分が目指して止まなかった道だったとはいえ、水泳競技をしている早瀬水月というフィルターを初めっから水月自身に感じさせずに楽に付き合えた連中は、涼宮遙と、皮肉なことに鳴海孝之が筆頭だったからだ。
メロドラマや少女マンガではお馴染みに過ぎる「親友の恋人に熱を上げる」行為だったとはいえ、いや、普遍的に―――入会を執拗に勧められた英会話教室のテクストでさえ―――通用する女の心情だからなのか、水月は自分の置かれた状況が、どうにかなるものだと信じて疑わなかったのに。
また再び眠ってしまった親友が、今度目を覚ましたら一体どうなってしまうのだろうか。
ざわざわと胃の辺りが不安で揺らめき、水月は親指の爪を噛みそうになって慌てて首を振った。
知らず、ぼんやりとしていたのか、急須の口が湯飲みに触れてお茶が零れた。
「あっちゃー……もう」
やってしまったと思いながら、急いで零れたお茶をふき取る。盆の上に零れたお茶の鏡には、寝起きのような顔をした女が映っていた。
しばらくそんな事を繰り返しているうちに、入り口のドアが一度開かれて、舌打ちの音がし、再び閉じられたのに気づいた。
大方、始業前にお茶菓子の一袋でもつまみ食いするつもりだった同僚だろう。
なんとなくそう見当をつけながら、案の定扉の向こうから響いてくる同期のいけ好かない女と、彼女にべったりの新入りの声を聞いた。
「ったく、好きだねーあいつもおっさんに媚び売るの」
「そうですよねー……あのぉ、先輩?」
「なに」
「なんかー早瀬さんってぇ、最近元気なくないですかぁー」
「どうせオトコとうまくいってないんでしょ」
「ぇええー早瀬さんってぇ、彼氏とかぁ、いるんですかぁ?」
「あはは、言うと思った。あいつ性格タカビーだもんね。まぁ男の前ではどんな顔してるか知んないけど」
「たかびー? ってなんですかぁ」
「ああもうあんたらじゃそんな言葉使わなかったりすんの? そーだねぇあいつみたく自分だけ偉いと思ってる奴のことよ」
「性格、ぶっさいくですもんねー」
いちいち、人に聞こえるようにしゃべりまくるお喋りを聞き流しながら、湯茶室から湯飲みの載った盆を持って出る。
携帯をいじって廊下に突っ立っていた同僚が、チラッと水月を見て、死ね、と視線で文句を垂れてくる。
相手にするのも面倒くさかったが、にこっと笑って朝の挨拶をしてやる。
「おはようございます」
「は? 寝ぼけてんの」
「まぁ、どうでもいいけど。ゆっこ、あんた暇なの? たまにはデスクくらい磨けば」
「お茶こぼしまくってた奴にそんなこといわれたくないんだけど」
「悪いけど、誰にでも間違いはあるわね」
「ほざけ」
「ま、あんたは間違えるくらいの仕事、任せてもらえないだろうけど」
物凄い形相で睨みつけてくる同僚を見て、少し溜飲を下げた。
今日は孝之から連絡はあるだろうか―――。
チラリと眺めた窓の外は、夏らしい空を一杯に広げ続けていた。
8
穂村は、看護婦詰め所から、ぴちゃぴちゃ水の跳ねるバケツと、リネン室から補充しておいた寝巻きやらの荷物を運び出した。
昨日から、可能な時はずっとつけていたイヤホーンがかさばるような気がしたが、無視できる範囲だったのに今日で何度目になるか分からない安堵のため息を漏らした。
もちろん、消灯時間を少し過ぎた今、そのイヤホーンからは何の音も聞こえなかった。耳を澄ませばすぅすぅと可憐な寝息が聞こえてきそうな気もしたけれど。
夜勤の看護婦が、表紙の擦り切れた週刊誌をぼんやりと眺めるのに飽きたのか、せんべいを齧りながらそんな穂村を見送った。
かつんかつんと、一人深夜の病棟を歩く。
今日も気晴らしに地下の自販機の前で勉強していたのだろう少年が、バツの悪そうな顔をして穂村とすれ違った。
そんな彼にちょっと咎めるような顔をして見せて、それからおやすみなさいと声を掛けて、道を急いだ。
特別病棟への順路を辿り、いつものように涼宮遙の病室前へ辿り着く。
「……こんばんは。入りますね」
小さく声を掛けてから、イヤホーンから丁度自分の声が聞こえてくるのにほくそ笑んだ。
静かに病室のドアを開け、するりと穂村は中へ入り込み、電灯のスイッチを入れた。。
目を射る白光の中、チラリと彼女の見上げる病室の天井の一角には、先日施した「改装」の後はほとんど見られなかった。
もちろんそれは細心の注意を払って病室の壁紙と同色の壁紙を使った、穂村の努力の成果といえただろう。
患者の体を拭き清める準備を進めながら、穂村はそんな事を思った。
動画による室内状況把握では飽き足らなくなった穂村は、プリペイド式携帯2台と携帯電話用周音機を使って、病室に発生する音まで自分の耳に届くよう病室の改装を施した。
昨日環境が整ってから、孝之がまだ遙の病室を訪れていないのが残念といえばそうだが、彼女はそれほど気にはしていなかった。
いつか来ると分かっている幸せの日―――なるほど宗教が人心の救済に役立つというのも変に納得できるほどの充足感と安定感を穂村は享受していた。
ただ決心して出来ることをやっただけ。動かないでウジウジしていた頃の何倍も何倍も濃い喜びを感じながら。
まず点滴の針を外し、蒸れた寝巻きの下半身をはだけさせ、おむつを剥がす。特殊吸水紙の嫌にガサガサした手触りを気にもせず、所定の屑篭に放り捨てる。
尿道に差し込まれていた管をそっと引き抜くと、気のせいか、眼前の肢体は柔らかく弛緩したように見えた。
清潔感漂う純白の布団をさらに脇へ除け、遙の体を表に出し、プチプチと添え付けのブラウスのボタンを外して、一種異様なほど青白い少女の肢体を蛍光灯に晒す。
日に日に盛り上がりを薄くしてきた、しかし可憐な乳房や、もう今ははっきりと見て分かるように浮き彫りにされた肋骨、皮下脂肪の覆いを外されて浮き上がってきた蒼い血管達を眺めながら、穂村はてきぱきと作業を始める。
細く、簡単にくびり殺せてしまえそうな首筋からタオルを押し当て、反射的に逆立つ鳥肌を申し訳なく思いながら、一日のうちに染み出てくる汗や垢などを擦り落とす。
白色を通り越して、肌と血管の色とが混じりあった薄い緑色を思わせるようなガサガサとした肌身を、根気強く擦りたてると、段々と肌に赤みが差してくる。
恥ずかしげに萎んだ乳首を愛おしく思いながら摩擦する。ゆっくりと屹立したそれを指でこねながら、タオルを変えた。
上半身の前面を綺麗に拭き終わってから、半裸身を反転させ、床ずれを起こさないよう背中を揉んだりしながら、そこもタオルで拭く。
淡々と作業を続けながら、穂村は自分の行動をおかしく思う。
自分が決心してあれこれその成就に腐心している行動は、どれ一つとっても目の前の少女―――もう今は女か―――の為になるものではない。しかし、自分が今せっせと汗を流して充実感を得さえしている行動は、紛うことなく目の前の眠り姫の為のそれである。
そのいずれもが、おかしいと自分で思う前には、矛盾せず共にありうる行動だった。
今は―――? おかしいと思った今は?
その答えが出るより先に、もう作業は終わりに差し掛かった。
棒のように細く硬い遙の右腕を、筋をたがえないようにそっと持ち上げ、何か秘境の洞穴入り口を髣髴とさせる脇を露出させる。
和毛のカタチで、淡く立ち上がる無駄毛を擦るようにしてそこも清める。
それが終わって遙の着替えを済ませ、いつものように見上げた時計は、やはりいつものようにかかった所要時間を知らせるものだった。
「あれぇ~? 誰かいるのぉ? 天川?」
「天川さんはっ、ここにいますよっ」
「え、彼氏ぃ?」
「あ」
そうしているときに、ガチャリと背後のドアが開いた。
何か看護婦らしくないことをしていなかったことを幸運に思いながら、少し冷や汗が出たのを穂村は感じた。
昼間の態度からは考えられないほど、夜の病院を徘徊するのに相応しい俊敏さと静かさを保った文緒が、病室へ入ってきた。
ちょこまかと天川がその後ろから顔を出す。
二人ともが、準備してきたのであろう用具や着替えなどを持っていた。
それに手を伸ばそうとした穂村を、鬱陶しそうに見やりながら、文緒は口を開いた。
「なんだ穂村じゃん、あんた今日当番じゃないでしょぉ。何やってんのよ」
「最近毎日ですねっ」
「ご、ごめんなさいあの、私じゃなくて先輩がしてたことにしてください……」
「そんなわけに行かないからいってるんだけどぉ。あのさぁ、あんた最近おかしいよ? どうしたの」
「な、なんでも、ありません。ごめんなさい、気を、つけます。日誌、書かないといけないので、あの、これで」
「ちょっと、待ちなよ」
「あや~行っちゃいましたね」
かつかつと小さく足音を立てて走り去る穂村を見て、文緒はため息をついた。
「あいつラリってんじゃないの。なんか目ぇおかしかったけど……天川、薬局の鍵、誰が担当してたっけ今度」
「えーと、確か斉藤先生、ですねっ」
「……後で、こう鬱剤の残り見とこっかぁ」
「また盗んで売るんですかっ」
「そんなのもうやってないっての。さ、一応彼女に挨拶しとこ」
「はいですっ」
らりるってなんだろうか、らりるらりるらりるれろ。
くるくると回った穂村は角を曲がって聞き耳を立てていたが、クスクス笑いながら、ふとそんな事を思った。
9
孝之はぼんやりぐったりしながら、部屋の天井を見つめていた。
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