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2008/5/24 つながり。つながり。 Ⅰ
↓
ここのぺーじ。
「御迷惑をおかけしますわね」
「いや、たまにはいいだろ、こういうのも」
「そう―――なんですの?」
「ああ」
何処か懐かしい畳の香りに、目を細めた。窓の外では大きな夕陽が海に沈もうとしていた。
つながり。
Ⅱ
ひぐらしのなく頃に/圭一・沙都子・その他/Written by kibi.
7:Keiichi
「おー・・・広くて気持ちいいなぁ」
ちゃぽんと湯の中で手を返して、もやもやと浮かぶ湯気に、そんな事を呟いた。
湯船に浸かりながら、頭に載せたタオルに手をやる。
なんちゃって温泉気分という奴だ。
湯気の向こうには、薄い水色のタイルが四方と上方に広がっていた。
沙都子は風呂上りに美由紀ちゃんの部屋へ遊びに行ったようで、
あてがわれた部屋でのんびりと夜景を見ていた圭一は、布団を運んできた宿のおばさんに促されて一人、風呂へ入った。
ぽたりと天井から垂れてくる水の軌跡を、ぼんやりと眺めていた。
広い風呂場は、普段の狭いそれとは違うので、何処か不思議な印象を与える。
家族用がこれほどの規模なら、客用はどんな様式になっているのだろうかと、何となくそんな事を思う。
湯船の中で、身体を思いっきり伸ばす。あちこちでグキグキと音がなった。
少し熱いくらいの温度だけれど、それが逆に心地よい。
ゆったりとした造りの湯船は、ちょっとした大衆浴場にあるようなモノなので、どれだけ身体を伸ばそうと、それが邪魔される事は無い。
開放感に浸る―――。
沙都子も、今したように伸びをしただろうかと、そんな事を考える。
ふと見ると、湯船の傍らに、泡の付いたままのシャンプーハットが置かれていた。
きっとあれを被せて、わしゃわしゃと洗髪してやったに違いない。
そういえば、沙都子が小さい子の面倒を見てやっているという状況は見た事が無かった。
雛見沢分校では、大抵梨花ちゃんや羽入とつるんで、同い年の子達とワイワイ騒いでいたから。
知らない―――知らなかった沙都子。何処かぎこちなく、けれど柔らかに。
そんなところもいいなと、思った。
ざぶざぶと、湯を掬い取って顔にかける。
ぴちょんと、少し冷たい水が頬を掠めて水面を叩く。
体中から疲れが―――或いは倦んだ何かが―――剥がれ落ちて、熱いお湯に溶けていく。
知らない街の知らない場所にいるというちょっとした緊張感と、遠くへ来たという高揚感が混ざり合う。
鳩尾の辺りを擽る感触に、昔を思い出しながら、湯を弄ぶ。
「うお、もう茹っちまいそうだな・・・」
何気なく呟いて、ざぶんとお湯から出る。
少し冷えた水をかけて、残っている熱を追い出す。
酷くさっぱりとして、脱衣所へ向かった。
ぽんぽんと髪を拭きながら、長く暗い廊下を歩く。
玄関へ通じる廊下だからなのか、すぅと冷えた微かな風を感じられて心地よい。
もう沙都子は部屋に戻っているだろうか―――。
ぺたぺたと裸足で踏みしめる床。
長く感じられる廊下は、正面突き当たりに魚拓がぺたぺたと貼り付けられていて、
向かって左側には簾(すだれ)に仕切られた食堂、右側には玄関がある。
圭一から突き当たりの壁までの中間に、螺旋状の階段が伸びている。
長く垂れた簾にもたれ掛かる様にして、柔らかな光が漏れていた。
温かな家庭。
ふと雛見沢の実家が思い出された。
格好をつける、というわけではないが、電話も途切れがちで、年末に二日帰っただけの。
父親や母親の嬉しそうな、心配そうな、寂しそうな顔が思い出される。
元気だよと、頑張っているからと、心配するなと。それだけいってガチャンと切る電話。
少しく、つんと痛くなった鼻腔の奥を指で抓んだ。
「あらあら、どうしたんですか」
「あ、えっと」
慌てて肩に掛けていたタオルで顔を拭いた。
何処から声をかけられたのかと辺りを見回して、簾を右手で避けて此方を見ているおばさんと目が合った。
にかっと笑い顔を見せるおばさん。
ちょいちょいと手招きされて、なんだろうと思いながら近づく。
右手に簾を掛けたままで、食堂の中に案内された。
どっかりと上座の方の椅子に座っていた、浅黒い肌の、いかにも漁師然としたおやっさんと目が合う。
「ぁ、っと。どうも今晩は。お世話になります。まえ、・・・北条と申します」
「おう。今日は良いのが取れたから、明日の朝は期待しておけよ」
がははと豪快に笑って、太い眉をついとあげたおじさんに、声をかけられた。
「はい」
「こっちはうちの人。おとんで通ってるからね、圭一さんもそう呼ぶといいよ」
「・・・はぁ」
「私の事はおかんでいいからね」
「え、ええ」
なんだい随分硬いねぇ、などと肩を叩かれながら、おかんとおとんとしばらく会話を重ねる。
大雑把で豪気な話をするおとんの話を、横からの合いの手で巧く転がすおかん。
うるせぇと言いながらも、まんざらでもなさそうな顔をするおとん。
ああ、こういう人たちもいるんだなと、何だか不思議な安心感を覚えた。
相変わらずがははと笑いながらコップを傾けるおとんを見るのも楽しかった。
「・・・そういえば、連れの女の子には美由紀を随分よくしてもらったみたいだね」
「いやぁ~、どちらかと言えばうちの沙都子がお世話してもらったんじゃないですかね」
「よく言うよ、この人は。尻に敷かれるよ」
「なんだいその沙都子ってのは」
「圭一さんのお連れだよ。可愛らしい女の子さ、ねぇ」
そうでもないですよ、などと言いながら、部屋を出てから随分時間が経っている事に気づく。
おかんもそう思ったのか、ちらっと時計を見てあらまぁと大仰に驚いて見せてから、
おとんの前に置いてあったお猪口をひっくり返した。
「なにしやがんでぇ」
「さっきのでおつもりだぁね。時間も遅いよ。圭一さんはもう部屋に上がったほうがいいね」
「あ、はい」
「お二人ともお魚は大丈夫だよね」
「と、沙都子は山育ちですが。食べ物も、・・・まぁ何でも食べます」
嫌な人だよと肩を叩かれる。
「9時までは食堂を開けてあるから」
「あ、分かりました」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「少しは元気でたかい」
「・・・はい」
ついと何気なく頭にやった手が、もう冷たくなっている髪を感じる。
ほらほらと肩を押されて、暗い廊下に追い出された。
ぺこりと簾の向こうに頭を下げてから、階段に足を向けた。
沙都子にも、元気が出たかと質された。
そんなに落ち込んでいるように見えるのだろうか―――それはそれで落ち込む。
つるりとした手摺りを撫でながら、そんな事を思う。
階段を上りきって、二階の、短めに伸びた廊下についた。
ドアノブの付いた木製の扉が、右手の方に、かなりの間隔をあけて二つ並んでいる。
手前側が借りた部屋である。
かちゃりとノブを回して、中に入った。
ノックをすれば良かったかと思ったが、室内は暗く、闇に飲まれていた。
まだ部屋に帰って来ていないのだろうか、沙都子は。
或いはもう寝てしまっているのかもしれない。
電気はつけない方が良いか。
暫く立ったままでいて、目が暗闇に慣れるのを待つ。
閉じていた瞼を押し上げて、すぅと青白い月の光が畳間を照らしているのを見る。
畳の上に広がる月明かりに、ぽつんと座っている沙都子が居た。
なんだか、酷く小さく見えた。
「沙都子」
「ええ、お帰りなさいませ。随分と遅かったですわね」
お茶も冷めてしまいましたわ―――と、沙都子の小さな声が伸びてくる。
大きめのTシャツと、短めのズボンを身に纏って、体育座りをしている沙都子の傍に寄る。
ヘアバンドの押さえを無くした髪が、するりと薄明るい月の光を含んでいる。
隣に腰を下ろして、一緒に月を眺める。
ことんと、沙都子の小さな頭が左肩にぶつかってきた。
「・・・圭一さん」
「ん」
「白状なさいな―――」
くすんと鼻を鳴らした後に、ぐりっと頭を押し付けてくる沙都子。
窓の外。
黒々とした海の上で、歪んだ月や雲が踊っている。
沙都子の囁き声が耳元を擽る。
「―――何処か遠くに行きたかったのは、圭一さんの方でございましょう」
「・・・ああ、そうだな」
「初めからそう言っても、私は逃げなかったと思いますのよ」
「いや、俺は―――出来の悪い方の兄だからな」
「ふふ。何を根に持ってるんですの」
「別に」
つんつんと幾度か当たってきた頭が、ぶつかったままその動きを止める。
ひんやりとした畳に手を置く。
沙都子の手に触れてしまって、そっと位置をずらした。
「・・・でも、本当に好い所ですわ」
「そっか」
「ええ」
薄いガラス一枚に隔てられた、夜の景色。
揺れる月と雲の影―――。
ゆらゆらとしたその一つが、波に揉まれて、それでも伸びる。
白々とした橋が、海の彼方を描く。
目が慣れてきて、小さく見える船が形を成した。
「な、沙都子」
「なんですの」
「えっとな。その・・・学校、どうだ」
「・・・・別に。みなさん、楽しそうですわ」
「それは手紙で読んだから知ってる。・・・だからさ、お前はよ」
そっと沙都子が溜息をついたのが分かった。
きゅっと手の甲を抓られる。
「あまり好きではありませんわ」
「そっか」
「・・・ええ」
そう言った沙都子の顔が、きっと酷く寂しそうなのだろうと、何故かそれが分かった。
圭一さんはどうなんですの、と、返す息で聞かれる。
「好きな時と、嫌いな時があるな」
「今は大嫌いな時でございましょうとも」
「・・・なんで」
「元気がありませんものね」
そっと華奢な沙都子の爪が、手の甲をかく。
ゆっくりと時は流れる。
リンと、鈴の音を聞いた気がした。
月の纏う薄く白い雲達が流れて、風の通り道を知らせる。
「疲れているなら、疲れていると言っても良いと思いますのよ」
「何を、」
「そんな時に―――傍に居られるのは、嬉しい事ですもの」
沙都子が俯く。
ふと、煙草を吸いたいと思った。
そっと沙都子の華奢な右手を掌で包む。
少し強張った後に、力を抜いて右手を任せてくる沙都子。
湯上りの熱がまだ残っているのだろうか、何処か幼い温かさを感じる。
でも―――。
沙都子は女の子で。
「沙都子」
名前を呼ぶ。
右手で、その柔らかくするりとした頬を撫でた。
ちょっと驚いた顔をして。
沙都子の長いまつげに、綺麗な月の光が絡む。
閉じ合わされた瞼が酷く愛しくて。
額を合わせる。
沙都子の熱を感じる。
小さな唇が、そっと言葉を紡ぐ。
「――――圭一さん」
青白い月の照らす畳の色と。
温もりを感じさせる掌とが、きつく心臓を締め付けた。
「誰かの代わりは――――嫌ですのよ」
窓の向こうには、月が出ていた。
静かに、夜の風が。
中天を覆う雲を揺らしていた。
8:Keiichi
ゆらゆらと海の底を漂う、千切れた紅い布地が。
くるりと大きな魚に絡まる。魚は意に介さずにするりと布を引っ張りながら先へと急ぐ。
ぼうと定まらない視点で、潮の流れを見上げていた。
所々に生まれている丸い渦を見ると、海は酷く荒れているようだ。
ただ、俺が居る場所はとても穏やかだった。
ゆっくりと海の底から海面へと浮かび上がる。
左右に揺れながら―――。
ふと視線を感じる。海の底から。
正面の視界を巨大な魚が占領する。
ああ、布地は俺だ。
何故か冬だと分かる海の中で、ゆっくりと魚に手を伸ばす。
触れたその身体はひどく温かい。
温(ぬる)む海がとても子心地よくて。潮の流れに身体を任せた。
揺れる、ゆれる。
うとうとと、海の中なのにさっぱり触れる水を感じない夢を漂っていた。
蒼い海の色と、くすんだ天井の色とが、違和感なく交互に視界を占める。
耳元に、そよぐ穏やかな音を聞いていた。潮騒か、或いは。
透明な空白を経て、一度瞼が押し上げられた。
何故か薄く汗をかいている額を右手で撫でてから、ぼやけた朝日が窓の向こうから差し込んでくるのを見ていた。
右側に視線を伸べる。
純白のシーツが、きらきらとした朝日を受けて金色に見えた。
いや―――沙都子が、すぅすぅと寝息を立てて寝ていた。
子供子供していると思っていたその顔は、朝の穏やかな時にあって、緩慢に、しかし確実に、心臓を走らせる。
ちくしょー、と小さく呟いてから、そっとその額に口づける。
「ん・・・圭一さ、ん・・・・」
もごもごと寝言を呟く沙都子。
唇に触れた額は、酷く熱く感じられた。うっすらと汗をかいているようだ。
布団の中は温かく、いや、熱くすら感じられた。
寝苦しそうな沙都子の顔を見て、眠気が吹き飛んだ。
「沙都子、おい沙都子・・・」
「んん・・・にー・・・にー・・・・・」
兄を呼ぶ声に、少し、もやもやとしたものを感じた。
ふるふると頭を振る。
寝汗に絡まった沙都子の髪は、熱と湿気を帯びていた。
布団をはいで、右手で額に触れなおす。やはり熱い。
かなり高い熱が出ているようだ。
くしゃっと布団に包まっている沙都子の小さな身体に触れて、仰向けにする。
驚くほど熱く、汗に湿っていた。
沙都子はゆっくりと薄目を開けたが、今の状況がまだ分かっていない様子だ。
そういえば、沙都子は昨日、慣れない土地を歩き回って、雨に濡れていたのだった。
それを自分の都合で引っ張りまわしてしまった事を、今更のように後悔した。
布団の上に置かれていたタオルを手に取り、沙都子の額に浮いた汗をふき取る。
もぞもぞと身動(みじろ)ぎする沙都子。
何故だか頭の奥がぎしぎしと音をたてている。
俺は、こんな沙都子を、見た事があっただろうか。
―――――あまりそういうことは言わないで欲しいですわ
「くそ、・・・おばさんを呼ぶか・・・」
「け、圭一さ、ん・・・?」
「あ、気が付いたか・・・。ごめんな、沙都子、なんか、熱が出てるみたいだ。今ちょっとおばさんを呼んでくるから」
「待って、・・・下さいまし」
すっと立ち上がりかけた俺のTシャツの裾を、沙都子がきゅっと掴む。
視点が定まっておらず、いかにも熱に浮かされたといった様子で。
「何故―――いいえ、何を、謝ってらっしゃいますの」
「何を、って。昨日の事だよ」
「・・・」
それは、と、酷く寂しそうな顔をして、沙都子がぎゅっと裾を掴みなおす。
立ち上がろうにも、沙都子の手を振り払うわけにも行かず、困惑する。
「も、もう少し傍に居ては下さいませんの」
「んな事いったって・・・。寝てろ、大丈夫、すぐ来るから」
ゆっくりと沙都子の手を裾から離す。
随分と熱い手だった。ちくりと心臓が痛んだ。
だから、ばたばたと、後ろを振り返らずに部屋を出た。
「圭一さんのばか」
そっと風に乗って沙都子の細い声が耳に届いた。
二階の短い廊下の突き当たりには、昨夜は気づかなかった通風用の窓があった。
流石に民宿の朝は早いのだろう、窓は開けられていた。冷涼な風が前髪をいじって後ろへ逃げていく。
窓の向こうには、雑然とした―――活気に満ち満ちた、海辺の町の切れ端が見えた。
沙都子の事があったのに、ふと心が洗われる様な気がしてしまった。
まだ眠気に囚われているのかもしれない、そう思って両手で頬をはたいて、階下へ下りるべく階段を目指した。
ひやりと冷える床板が、何故かもう馴染んだものに感じられた。
薄く浮いていた汗が、冷たい朝の風を逃がさず捉える。
とんとんと螺旋状の階段を下りる。
きんと冷えた朝の空気に、下の階は包まれていた。
静かなのに、どこかバタバタとした空気が流れている。
久し振りにすっきりとした寝起きで、おばさんを探す事にする。
右手に見える玄関は大きく開け放たれていた。
さらさらとした朝の光が、束になって向こう側から降ってくる。
明るくて判然としないほど照らされた玄関口。
薄ぼんやりとした影を纏う魚拓の束が―――酷く懐かしいものに見えた。
パタパタと大儀そうに揺らめく左手の簾が、風の悪戯を戒めている。
奇妙に見える藍色の横縞を、そのねずみ色の身体に刻んだ簾。
気が付けば深呼吸をしていた。
微かな、というには深く濃密な、しかし胸に落ちればすっきりと爽やかに感じられる、海辺の街の空気を感じた。
いつか何処かの港町へ旅行したときに感じた、不快になるような海の臭気は、微かにも混じらない朝の綺麗な空気。
動いているのだ、と思った。街が、人が、風が―――。
ばさりと簾を右手でよけて、食堂の中を覗いた。
3つあるテーブルの手前側には、恐らくこの民宿の主人が済ませたのであろう食事の跡が残っていた。
大き目の椅子の傍に、小さな椅子がポツンと置いてあるのがなんだか微笑を誘う。
「おや、おはようさん。思ったより朝は早いんだねぇ。連れの子はどうしたんだい」
馴染み過ぎたエプロンを身に纏ったおばさんが、調理場だろうか、右手の奥に切れ込んだ入り口から顔を覗かせた。
ごしごしと乱暴に見えなくも無い仕草で、エプロンに手を拭きながら。
「あ、おはようございます。ええと、連れの事なんですけどね、ちょっと熱が出てるみたいで」
「あらあら・・・。今日はねぇ、多分隣町の、あぁ、隣町の一番近い病院なんだけどね、そこもお休みだったはずだよ」
「そうですか・・・」
「今、どんな感じなんだい」
「ええと、物凄く熱くて、ぼーっとしてるみたいです」
それは寝起きだからじゃないのかい、などと言ってから、おばさんは、にかっと笑った。
「午前中にはここを出るって言ってたけど、どうするんかね」
「えっと、取り敢えず午後までは様子を見たいので、置いてもらっていいですか」
「それじゃ、お粥を作って持っていくから、傍にいてあげな」
なにやら含むところのありそうな顔で、ぺいぺいと手を振るおばさん。
はぁ、などと適当にお茶を濁して食堂を出ようとすると、追い出した張本人にも拘らず、ああ待ってとおばさんが引き止めた。
ちょっと待ってな、と言ってから、おばさんは厨房へ消えた。
手持ち無沙汰で立ち尽くす。
こぢんまりとした体裁の食堂は、かさかさに乾いたテーブルがあって、正面全体に連なる窓から光を余すところ無く受けていた。
開かれた窓の向こうから、透明な風が渡って来る。
ふわりふわりと漂う薄い雲が、窓の向こうに見えた。
何処までも澄み渡る空が―――夏のそれに見えた。
「ごめんねぇ、待たせちゃったかい。これ、持っていきな」
「あ、っと。ありがとうございます」
少しぼーっとしていたので、近くに来たおばさんの声で我に返る。
ぷかぷかと氷の浮いたボウルの水面には、冬の暖かな光が灯っていた。
濡れたタオルに、その綺麗な光が絡んだ。
階段を上りきる。
風は先程に比べると、だいぶ落ち着いたようだ。
きちんと締めた筈の扉が、半分開いていた。
右手に冷えたボウルを持ちながら、なんだろうかと思って近づく。
沙都子がトイレにでも行ったのだろうか。
「沙都子~?」
部屋の中に入る。
畳間の中央に二組の布団が敷いてあって、手前側に沙都子が寝ている。
白いシーツに白い掛け布団。
部屋の中を覗き込んだ瞬間に、ふいっと顔を背けた沙都子の枕元には、赤いTシャツに白い短めのズボンを履いた美由紀ちゃんが座っていた。
「おはようございまーす」
「お、おう。おはようだぜ」
「お兄ちゃん、沙都子お姉ちゃんをいじめたらだめぇ」
「な、なんだ?」
昨日よりは大分元気そうで、警戒もしていないように見える少女だったが、なにやら不穏な空気を作り出す。
お熱でてるから大変なんだよ! とバタバタしながら口を尖らせる少女。
「沙都子、頭にタオル置くからこっち向こうぜ」
「・・・すぐにでも仕度出来ますわ。帰るのなら、」
「馬鹿」
「あーあーっばかってゆった!!」
抗議の眼差しを向けてくる美由紀ちゃんに閉口しながら、のろのろと体を起こそうとした沙都子の肩を押す。
やはり熱っぽい。
蒸れて気持ちが悪いのではないのだろうか。
「沙都子、ほら」
「やーですわ」
頑なに横を向き続ける沙都子。
畳の上に、冷えた水滴を纏い始めたボウルを置く。
内気な少女だと思っていた美由紀ちゃんは、いそいそと傍によってきて沙都子の手を取る。
はぁふぅと辛そうな息を吐きながら、沙都子は。
「沙都子、俺がいるのが嫌なら外に出るから、タオルは額に当てようぜ」
「・・・」
むぅと、熱があるだろうに、ふくれっ面を作ってから仰向けになった。
ちゃぽんとボウルの中から白いタオルを引き上げて絞る。
興味深そうに、美由紀ちゃんはそれを見ている。
「ほら」
「あ、気持ち、いい・・・」
ふっと沙都子の頬が緩んだように見えた。
暑いだろうと思って、窓を開けるために立ち上がる。
階下から、美由紀ーと呼ぶおばさんの声がした。
はーいと元気よく返事をしてから、美由紀ちゃんは沙都子の顔を覗きこむ。
「お姉ちゃん、みーきが帰ってくるまでに良くなる?」
「ええ、心配要りませんわ、指切り、分か、る?」
けほっと小さく咳き込んでから、沙都子の華奢な右手がそっと持ち上げられた。
ゆーびきりげんまん、と小さな約束が生まれる。
パタパタと元気に駆けて行く少女。
ふぅと沙都子が息を吐く。
「・・・可愛くて、いい子、ですわ」
「ん、そうだな」
やっと気持ちが落ち着いてきたのか、沙都子は穏やかな声でそんな事をいった。
遠くの潮騒が部屋にまで届く。
「きっと、雛見沢に圭一さんが来た頃には、圭一さんは今の私のように、私を見ていたんですわ」
それとも、圭一さんはもう少しお子様だったのかもしれませんわねぇ、と、憎まれ口を叩くのも忘れない。
苦笑いをして、すとんと畳の上に座り込んだ。
「美由紀ちゃんのほうが沙都子より可愛かったかもな」
「・・・。ふふ」
微かに自嘲めいた溜息を漏らしてから、分かっていましてよ―――と、沙都子は呟く。
「圭一さん、お傍にいてくださいませ」
「おう」
にこっと笑った沙都子の顔を、すぅと小さな汗の粒が伝っていく。
暫く、通り抜ける風の冷たさを感じていた。窓の外は散歩日和。
雪から遠いここは、隙間を覆うモノすらない。
「もしかしたら緊張の糸が、切れてしまったのかも知れませんわ」
「緊張?」
「さぁ、私も不思議ですけれども」
雨に濡れたからだろ、という。
そうですわね、という。
壁などを無意味に見渡す。
沙都子のセーラーが、ハンガーに掛けられてくすんだ壁にアクセントを添えている。
薄目を開けていた沙都子が、ゆっくりと言の葉を紡ぐ。
「あの、セーラー服。物凄くあこがれていたんですわ」
「へぇ」
「魅音さんや、レナさん、お二人とも物凄く輝いて見えましたもの」
口には出せませんでしたけどね、と恥ずかしそうに言い添える。
話を休ませた方がいいのかと思ったけれど。
何だか楽しそうな様子が微笑ましかった。
「あこがれ、・・・羨ましい。本当に、私達、物凄い楽しみの中をがむしゃらに、走ってきたんですのね」
「ああ、そうだな」
そういえば詩音さんも、あのセーラーは着てみたかったといっていましたわ、と沙都子がいう。
「マジか。いや、俺の予想では一度くらいは黙って着てるぞ、あいつは」
「ええ、そうでしょうとも。ねーねーも、好きですものね、そういうのは」
耳に新しい言葉が引っかかるが、ぼうとしているのだろう沙都子は、特に何も言わない。
北条の家のいざこざ(というには可愛いものだったが)は悟史が目を開けたその日から絶え間なく続いていた。
何とかねーねーと呼ばそうと躍起になっていた詩音は、今の呟きを聞けば狂喜乱舞したに違いない。
圭一の記憶では、沙都子がそのように呼んだ事は無かったはずだ。
心の中では、整理がついているのだろうか。
それとも。
「家に、家に居たくても、居ないほうがいいと分かっている時も。・・・私、何を言っているのやら」
「沙都子?」
何でもありませんわ、と小さく呟いて、沙都子が小さな手を伸ばしてくる。
華奢な手、熱い手、迷子の。
何も考えずに、ゆっくりと掌で包んだ。
沙都子がそっと目を閉じる。
赤く火照ったように見える顔が、けれど穏やかな表情を形作っていた。
「私も疲れていたんですわ」
色々、ですわ。
ポツリとそう言った沙都子の額に乗るタオルを裏返す。
ちょうどそのタイミングで、扉が叩かれて、続いて美由紀ちゃんがお盆を持って入ってきた。
「おお、おお・・・ゆれる、ゆれる・・・!」
お盆に乗るコップの中の水を見つめて、バランスをとりながら近づいてくる。
とてとてと危なっかしいが、精一杯な様子が可愛らしい。
ゆっくりと身を起こした沙都子に促されて、盆を手に取ろうと美由紀ちゃんに近づく。
しかし、ふるふると首を振ってそれを断ってから、布団の上に上半身を起こした沙都子の前に辿り着く。
手を伸ばす沙都子に、お盆を手渡して、美由紀ちゃんは、つるっとおでこを拭く。
「はーっ。とーちゃーく。みーき、沙都子お姉ちゃんに宅配便です」
「ありがとうございます、ですわ」
そっと手を伸ばしてから美由紀ちゃんの頭を撫でる沙都子。
えへへと何処か気恥ずかしそうに笑ってから、美由紀ちゃんはぺたんと床に座り込む。
女の子独特の太ももの外側にふくらはぎが来る座り方だ。
何故か感心する。
布団の上に落ちたタオルを、ふらふらと覚束ない手つきで拾い上げた沙都子の手から、タオルを奪い取る。
特に何も言わず、ふっと微笑むだけの沙都子。
「美由紀ちゃん、でいいのか? ありがとうな」
「・・・はーい。美由紀ね、沙都子お姉ちゃんが好きだから」
まっすぐな目線とまっすぐな言葉に驚いてから、チラリと沙都子を見やる。
とても嬉しそうな顔をして、笑顔を浮かべていた。
「そっか、うん」
恐る恐る手を伸ばしてそのさらりとした頭を撫でた。
少し首をすくめた少女だったが、今日は特に何もいわない。
「ん? どうした沙都子」
「べ、別に、おか、おかゆがおいしそうですわーって」
じっと見ていた沙都子に視線を戻す。
きゅーっと小さく布団の中から沙都子の腹の虫の音がして、思わず吹き出してしまう。
きゅっと睨んでくる沙都子の視線をかわしてから、立ち上がる。
一度その頭を撫でてから、美由紀ちゃんに声を掛ける。
「俺少し歩いてくるから、美由紀ちゃんは沙都子が何かしでかさないように見張っといてくれな」
「はーい」
「なっ」
「沙都子、何か食べたいものとか買ってきて欲しいものはあるか」
「ええ、と」
特にありませんわ、でも、と。
もう一度その頭を撫でてから、壁際にポツンと置かれていた鞄の中から財布や着替えを取り出す。
少しだけ散歩をしてこようと思った。
沙都子が起きたその時に、少しでも綺麗な景色を見せてやりたいと思ったから。
「早く、帰ってきてくださいまし」
「ま、ゆっくり寝るといいよ。寝顔は見られたくないだろ?」
「・・・圭一さんのばか」
べっと舌を突き出す沙都子を一度振り返ってから、部屋を出た。
廊下をめぐる風に身を任せた。
9: Satoko
ぐるぐると、瞼を下ろした視界が回り続けている。
こんな時があったかしらと、熱い溜息に訊ねる。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
大丈夫、多分。
圭一が部屋から出て行ったことで、少なからず体の力が抜けたように思った。
注射を打たなければ、と考えてから、やっぱり自分は普通の子とは違うのだと気づく。
傍らで心配そうな顔をしている美由紀の頭を撫でながら、沙都子は熱のもたらすぼんやりとしたところを漂っていた。
沙都子は高校が好きではなかった。
変なしゃべり方だと馬鹿にされるのも嫌だったし、何かにつけて梨花や羽入と比べられるのも嫌だった。
赤の他人に、雛見沢で共に学んだ友人達と同じ様に接するには、気の遠くなるような段階があるように思われた。
兄が家に帰ってからも、気が緩んだのは初めの半年くらいで、それまでなにくれと世話を焼いてくれていた詩音が押しかけるようになる前までのことだった。
そうなると、それまでの詩音の行動が、何となく悟史の関心を買いたいが為のモノに思われて仕方がなかった。
段々と上辺の自分とは別の自分がいやらしく思われて仕方がなくなった。
そんな時が積み重なっていった。
―――こういうのって何だか懐かしいわね、羽入
―――ええ。そう、なのです
高校の昼食時間、三人で囲むレジャーシートの上の重箱を前に、酷く懐かしそうな声を出す梨花と羽入。
羽入が来て、兄が来て、それからこんな時があっただろうか。
一人だけ取り残された気がして、それはいつのことだと聞けない自分が酷く滑稽なものに思われたり。
『自分が忘れているだろう昔のことを、誰かが知っている』状態が、自身に非常な負荷をかけるモノだと気づいた。
小さな頃から梨花の、未来を、過去を全て知っているかのような不可思議な言動を見てきたのに。
何故か背筋が寒くなったことを今でも覚えていた。とても恐いと思った。
その後、何かが眼下へ落ちていく夢を繰り返し見た。
学校では理不尽な心理的圧迫を梨花と羽入から受け、家では兄に心配をかけまいと気を張り、或いは気を利かせ、
沙都子は疲れた。
逃げたいと思った。
つながりを―――細いつながりを辿った先が今なのだと思う。
或いは圭一でなくてもよかったのかもしれなかった。
「みーきお水持ってくる」
「よろしくお願いします、ですわ」
けれど圭一を訪ねてよかったと思った。
不思議だった。
ふと見上げた窓の向こうには、冬の高く晴れた空が広がっていた。
優しい時間に身を投げ出していたいと、そう願った。
圭一は何か話してくれるだろうか。
それを期待する自分を何となく恥ずかしく思い、布団を引き上げた。
すぅと寄って来た眠気の波に身を任せた。
「圭一さんなんか嫌いですわ」
柔らかく冷たい風が額を撫でた。
10: Keiichi Satoko
続きます。
2008/5/23 AA 〃:V::⌒⌒○Y:ヽ なんでやねん j:.:./.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:l|.:. l |:.:.|.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:l.:.:.:| |ハ:!.:.:.:i.:.:.:.:.:.:.:.レj/ ビシッ ヾ|i:.:.:|:.:.:.:.:.:.:.iV x|i:.:.:.V:.:.:.:.:.:八「ヽ ^ー'て ∧!:.:.:.:.'、:.:.:.:.:i:.:.l| ∧ ,xっ ( / ヘ:.:.:.:.:ヽ:.:.:.:.:.:リ ヽ<ヽ三) rァ、_/ 〉:.:.:.:.:ハ:.:ノ人 ` 」」 V// ハ{\ノ jイ=' {ゝ-'´ 弋>、__/ {/ l ヽ / l ', / l | /T7 r┬┬ ┼1T| 〈_/ |│ | | │」」」 /  ̄¨77¨ ̄/ / /./ / 2008/5/20 近況とかタイヤキとかあゆあゆ可愛すぎワロタwwwwwwwwwとかいったらオタクとかいわれたし。何故だし
こないだばにっしゃあ大先生がメッセ来てたけどあれ夢だったかもしれん。ログ残ってないし何故か
アパッチ砲使って以来調子悪かったpc修理出した。串だめってやっぱ不安
・つながり→新しく書いたのは3行くらい。今度の土曜日はこれ書くわ
・あぷりこっと→新しく書いたのは10行くらい。日曜にちょっと書く
・夏祭りのあれ→結構書いた
ひぐらしの大人軍団は呼称がマンドクセ
頑張ろうねみんな
海老っちって今年受験だっけ?知ってる人情報plz
エビフライさん帰ってきたら愛惜しもっかい書くわ
いじょ
2008/5/16 ひぐらしSS祭りお知らせ。参加表明されてる方にそれぞれ連絡しようと思ってるけど、一応ここでも。
5/17(土)の22:00から、ひぐらしSS祭りの参加者顔合わせをします。
参加意思表明してる方はできるだけ御参加くださいませ。
内容は事項確認と質問受付、雑談です。
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