機微 的个人资料そのひぐらし――雲に隠れ霞を食む――機微の巣窟。日志列表网络 工具 帮助

日志


2007/3/28

初めに読んでいただきたい。

2/21 内容を編集しました。 
 
・サイトはこっちです→ http://sky.geocities.jp/painkilleryuki/top.html
・ここのブログには、グロ系SS、雑記、WEB拍手コメントを載せます。
・メッセンジャーのアカウント:painkilleryuki@hotmail.com
バンバン追加してもらって構いませんが、人として終わってると感じたり嫌いな人はこちら側から削除するのでその辺は大人の対応でよろしくなのです。
 
 
 
2007/3/24

『愛は惜しみなく与う』第8章

 
 
小さな洗面所に、バシャバシャと水の跳ねる音が響いた。
しっかりと蛇口を閉めてから、栓をして。
常ならサラリとした銀髪を今は振り乱して、坂上智代はゴシゴシと顔を洗っていた。
ちょっと背伸びをして施した化粧は、今は消え去って、ただ自分の行為それのみで、何かを悔いるかのように。
薄い扉の隔てる向こう側で、自身の思い人は何を考えているのだろうかと、それが気にかかる。
火照った顔に心地よい、蛇口からあふれていた水は、手ですくうとそれほど冷たくはない。
それは何を意味するのかと。脱線した、混乱した、乙女中枢がアップアップ。

「ああッ………あんな筈じゃ……」

なかったのに、と。
その薄く紅い唇をそっとかみ締めながら。
鏡に映った自分自身を―――お前はトマトかと―――見つめる。
恥ずかしいくらいに赤面した、それはまるで未だに覚悟の一つも出来ていなかったのだと、自分を責めるのには十分だった。
 
 
 
    愛は惜しみなく与う
    第八章 ―お休みの日~昼・後半~―
 
 
 
「うあ~……ひ、久しぶりに緊張してしまったじゃないか」

朋也の馬鹿馬鹿と呟きながら、智代は青いタオルでその顔を拭く。水も滴る何とやらというしな、悪くない悪くない。
ふぅと一息ついてから、改めて周りを見渡す。
突然の攻勢に慌ててしまった自分を立て直すために、戦略的撤退を図ろうと考えて立てこもった洗面所は、やはりというか、狭い。

な、なんというか………こ、ここに朋也が押しかけてきたらひとたまりもないな……そ、それって、つ、つまり? ……………いやいやいや。

落ち着け落ち着けと自身に言い聞かせながら冷静さを取り戻していく。両手を胸元に当てて、スゥスゥと深呼吸を繰り返す。
と、言うか落ち着いて考えてみれば、朋也が悪いのではないか。
そんな考えがもくもくと頭をもたげてくる。

「それはもちろん私だって女の子であるわけだし、それなりの雰囲気なら、そ、そのなんだ、そ、そそそそういう事だって頭をよぎってもおかしくないじゃないか」

不可抗力だ不可抗力、うむ、そうに違いない。コクコクと頷きながら自分を取り戻していく。
しばらくそうしていた。
それから、ふと顔を上げて、狭い洗面所の、壁の棚を見る。
それほど自己主張するわけでもなく、さり気なく添えつけられているその小さな木製の棚を、智代はゴソゴソと整理し始めた。
きちんとたたまれたタオルの山の傍にある歯磨き粉が、まだ切れていないことを半ば無意識に確認して、まだ買い替えは良いかと考える。
それがいかにも所帯じみた行動だったなと、また顔面が火照ってくる。
顔の火照りをごまかす様に、棚から離れた。
水につけていたタオルを引き上げて、ぎゅっと絞ったそれを顔に当てる。
そうして閉じた瞼の裏に、ふいと浮かんでくるのは、疑問だった。

「朋也は、ああいうのは嫌なんだろうか」

朋也だって男であるわけで、それならば、と。そう思うのは道理だろう。
うがった見方である可能性は無視できないが。
それでも、先週、部屋を掃除した後のゴミ袋の中身がアレでは、その可能性は消え去るといっても良いだろう。

責任がどうこうというのが原因なのか。
それなら朋也は、それなりの懐の深さというか、大人の余裕というか、精神面では大分成長したような気もするのだが。
そんな事を考えると、なんだかくすぐったい様で、非常に困る。
まぁ一番身近で、それこそ相方の実の親よりも傍にいる智代ですらそう思うのなら、それは大なり小なり、いずれにせよ正しいと言えるだろう。
それとも、今と比較するのが、たぶん最も捻くれて―――そう考えると苦笑してしまうのだが―――いた頃だからそう思うのだろうか。
いやいやいや。ぶんぶんと首を振る。
それ以前の、まだ朋也が高校に在籍していた頃にだって、そんな風な雰囲気になった事は、―――そうか。

顔にタオルを押し付けたまま、智代は、はたと気づく。

朋也の停学騒ぎの大本はそれが原因ではなかったか、そしてあの後お互いにすれ違って。
湿ったタオルの下、くっと唇を再びかみ締める。
いや、それよりも何よりも、朋也にとって、その、そういう事というのは、あの頃の朋也の捉え方から変化していないのだろうか。
だから戸惑うし、喜ばしいことでもないの、だろうか。
あの頃の捉え方がどうだったのか、等という事は、自分の中身を否定しかねないし、そんな風に考えてしまう自分が嫌いだった。
悶々としてしまいそうになったが、疑問の入り口をくぐるのと同じ様な明快さで、出口はすぐに現れた。

「なんだ、そんなの心配ない。朋也だって私だって、成長しているんだ」

口に出して言うと、なんと言うこともない、その通り、そうなのだ。
それに昔がどうだと気づけば、それこそ反省材料だ。材料に悩まされては先になぞ進めまい。
材料は材料でしかないのだ。調理調整、研鑽錬磨するのは材料の前に立たされた者なのだから。
湿ったタオルをぺいっとはがし、壁の棚から乾いたタオルを取り出す。
それに顔を埋めて、暫く朋也の、そして自身の香りの中を漂っていた。
 
―――――――――――
 
「そろそろ来てもいい頃だけどなぁ……」

ぼそっと呟いた少年は、一口に言えば、緊張していた。
高校入学試験の際、開始の合図とともにその尻をかいて、欠伸をしてから試験に臨んだ男とは思えない程の緊張だった。
心臓が高鳴る、のとは少し違う。息が詰まったような気がして、過呼吸っぽくなるのだ。
自身の耳が某ネズミまたは某ゾウくらいに膨れ上がり、制服である白いシャツの裾がズボンに収まらず、のべんと出ているのではないかとやたらと気にかかる。
つまり坂上鷹文の全身の変化、これすべて恋愛ビギナー症候群であった。

待ち合わせた少女より、少しばかり学校の校門前に早くたどり着いた鷹文は、手持ち無沙汰にブラブラとそのあたりを散策する。
初夏のかすかな香りを運んでくる風は、素晴らしく清涼であった。
特に何の前触れもないのに、チラリと寮のほうを窺う機会が多いのは、ご愛嬌である。

ふ、と。
姉である坂上智代によって、伐採から免れたという桜並木を眺める。
未だ、その美しい薄紅の花弁たちは、桜の繊手にそっとのせられていた。
坂の始まりから終わりまで続くそのヴェールは見事というほかない。圧巻である。
しかし、智代に連れられて眺めた、初めの頃に比べると、幾分勢いというか力強さが劣るようだ。
ただそれが景観を損ねているというわけではなく、むしろ次の季節である夏への展望を高望みさせるくらいには、新しい緑色も映えている。
つまり、そういうことなんだろう。
よいしょと背伸びをして、踵を返す。
ふわりと街の向こう側から吹いてくる優しい風は、やはり、夏を運んでくるような、そんな風だった。

鷹文の持つ通学用の手提げの中には、週末課題が詰まっている。
鷹文の通う高校は主要三科目と言われる国語、英語、数学にやたらと気合を入れているようで、それぞれの科目からどんと課題が提出された。
その他に、世界史の先生がプリントを一枚。
すべて先生方の手作り―――ありがたいと思う反面、めんどくせぇってのが正直なところだ。
鷹文はバリバリの理系なので、国語とか意味不明です。
日本人だから何とかなると思ってセンター試験で失敗するパターン。でも数学と理科で挽回するからいいもん星人である。
英語は向こうの中学初級くらいには読み書き出来る。
そして三度の飯より数学が好き。
そこへ行くと智代は文系なので、弟が奇声を発しながら大学への数学とかやっていると、怪訝な顔をするのだった。
しかもそれが課題として与えられているわけではなく、自分の懐から出た金で買い、趣味でやっていると聞くと尚更である。
もちろん現時点で解ける問題は少ないので、主に奇声は『うぁああっ』とか『そ、そんな! バカな! ビューティフル!』などである。
入院している時に、暇だからといって手を伸ばした書籍が悪かったとか何とか。
だから、学校課題など寝てても出来るのだが……国語の課題には全く歯が立たない。
曰く、何だ指示語って、誰だよ昔男って。古文だと、鷹文は活用形も覚束ない。昨日習ったのに。
むしろ英語のほうが意味が分かるとか思ってニヤニヤしても、解答欄は埋まらないのだった。ニヤニヤ。
世界史もめんどくさいので、プリント一枚しか出ていないにもかかわらず、『アウストラロピテクス』の時点で終わっている。
12個ある解答欄のうち、5つが『アウストラロピテクス』で占められている辺り、鷹文の能天気さが窺える。
なので、芽衣を勉強に誘ったのは、下心の平方と言うところなのだった。

「はぁ……その、下心の二乗ですか」
「うーん…そうはっきり言われると困るんだけどね」
「………鷹文くんのエッチ」
「ぬぁッ?!」

ボソボソと、心の裡を桜の木に語りかけているところに合いの手を入れられて、鷹文は飛び上がる。
飛び上がった彼の傍らには、心なしかその頬をぷくっと膨らませた少女―――春原芽衣が立っていた。
両手を後ろで組んで、薄桃色の唇を幾分鷹文に向けて突き出しながら、前後にゆっくりとしたリズムをその体で刻んでいる。
普段きりっとした少女であるがゆえに、その、私ちょっと怒ってますスタイルは、可愛らしく映った。
今更だが鷹文の心臓は動きを活発化する。

「こんにちは」
「ああ、うん。こんにちは。さっきのは、え~っと、英文の暗唱だよ。だから気にしないで」
「そうなんですか? ………怪しいな。でも、信じてあげます」
「そうしてくれると嬉しいなぁ」
「あははっ」

普段通りの制服姿ではあるが、どこか違う気がする。何処が違うんだろう。
昨日の芽衣の姿を脳内に描く、―――あ、なるほど。

「芽衣さん、今日はリボン違うね。そっちも似合ってるよ」

さり気なく、そういう。
実際、普段のリボンも可憐さを添えているわけだが、今日のリボンは白。
小物が一つ変わっただけで、チラと変化する。女性って素晴らしい。

「え……そ、そうですか? あ、あははーやだな、似合ってるだなんて」
「ホントさ」
「ありがとうございますっ」
「うん。女の子がちゃんと女の子してるって、いいね」
「あ、そんな事いってると智代先輩にゲンコツされますよ」
「はは。それが怖いんだよね」

二人して笑いあう。
彼らの天上には晴れ渡る空、その中空で光を伸ばす太陽がまぶしい。
ああ、こういうのっていいな。鷹文の偽らざる本心であった。

「えっと、それはこっちに置いといて。今日のお勉強って、学校の図書館で、でしたよね?」

両手で、置いといて、の仕草をして芽衣が鷹文にそう問う。
その仕草に苦笑してから、鷹文は口を開く。
風が、芽衣の髪を揺らした。

「んとさ、ちょっと悪いけど。先に行っててもらえるかな」
「? ……どうしてですか」
「あ~。にいちゃん……朋也さんの所にうちの女王様がいるはずだから、その届け物」
「え、岡崎さんの所って……家ですか!?」
「うん。何さ芽衣さん、顔がすっごい笑ってるよ」
「そんなことないですよ。………えっと、私も行っちゃ駄目ですか?」
「行っても面白くないよあんなとこ」

鷹文即答。朋也が聞いたら飛び蹴り以上は必至。
案の定、芽衣はぷぅとその頬を膨らませる。

「えー。…その口ぶりだと鷹文君はよく行ってるんですか?」
「ん、まぁね。たまに顔出したりするよ」

そうなんですか、と言いながら、芽衣はほんの少し顔をうつむける。
予想外の展開でどうしようかと考えている鷹文は、それには気づかなかった。

「あ、そうだ、にいちゃんの家で勉強しよっか」
「え、それは……お邪魔じゃないでしょうか」
「芽衣さん顔真っ赤。そんなところまでは行ってないと思うよ僕は」
「や、やだ何言ってるんですか! そ、そんなこと考えてません!」
「そんなことって何さ」
「そんなことはそんなことです!」
「うーん、そういうことにしておこうか。……大丈夫だからさ、いこっか」

それでも少女は、幾許かの逡巡を見せる。行くべきか、行かざるべきか、それが問題だ。
むーんと唸ったあと、ブンブンとその頭を振って、芽衣は頷いた。

「りょーかいです。でも、もしお邪魔になりそうだったらすぐ家を出ましょうね。私が合図しますから」
「そだね。そうしようか」
「鷹文君、デリカシーは要修行って所ですね」
「……精進します」
「よろしいっ! さて、行きますか」

ぱたぱたっと少し駆けた芽衣が、立ち止まったそこから鷹文に手を差し伸べる。
エスコートよろしくお願いしますね、と。
少年は勿体をつけながら、その位置まで歩いていった。
風が心地よい、お昼前のことだった。
 
―――――――――――
 
岡崎朋也は、迷っていた。

「あ、あいつ……何時間こもってれば気が済むんだ……?」

初めは、女の子の何とやらなのかと若干胸をときめかせていた朋也だった。
が、時計の短針が長針に追い越される事2回。
さすがに慌てるし、気になるのが人情と言うものだろう。
洗面所は、当然風呂場とも繋がっている訳で、まさかとは思うが風呂に入っているのかと考えはしたが、そんな気配もない。
今更ながら、強引で悪いことをしたという反省の念も、胸中で暴れている。
早く謝って耳を掃除してもらいたいと思うのもまた人情であるのかもしれない。膝枕してもらいながらだし。
もしかして、のっぴきならない状態にでもなっているのだろうか………。
ゆえに放心していたし、中に入るべきかどうか迷っていたのだ。
入るべきか、入らざるべきか、それが問題だ。

「なぁ……智代。俺たちは、すれ違っているのかな」

どこかで聞いたことのあるようなくっさい台詞を呟きながら、朋也は洗面所への扉に背を預けて座り込む。
呟いただけなので、当然向こうへは聞こえていないだろう。
聞こえると思ったら、こんな事いえない。朋也はその精神的ネジクレと比すると、幾分かシャイだった。
若いとも言う。

そうやって静かに座っていると、先ほどの自分の行動が思い出される。
自分が手を引いてしまったワケ。
智代が智代だから、手を伸ばしたのか。
智代が智代だから、手を引いたのか。
よく、分からなかった。

確かに彼女を大事にしたいと言う気持ちはあるし、それは嘘ではないだろう。
嘘であっては困る。
しかしそれは逃げているだけではないのか。
何から。
……………。

智代は、たぶんもう、離れてしまっては困る存在になっている。
なぜだか自然に、そう思えた。
あの雪の日の泣き顔や、手料理を運んでくるときの楽しそうな顔。
そして何よりも、自分の傍でニコニコと笑っている、その顔が。
そして智代の香りでさえも、離れれば恋しくなると言っても過言ではないだろう。
センチな気分で、自身を見つめる熊を見やった。智代は正しかったのかもしれない。

「は、馬鹿だな俺」

自嘲しながら、髪をくしゃっとかき混ぜる。指先まで、智代のサラリとした髪を覚えていた。
好きだと、愛していると、そう口に出すのは恥ずかしいが。
きっと心の奥底では、それはもう当たり前のことになってしまっているに違いない。
いつか感じた、自身を卑下する以上の感情が、巻き上がることはないから。

考えてみれば不思議な縁である。
客観的に見れば押し切られた形になるのか。
思えば智代は、大分積極的だったような気もする。
初めの頃は、おそらくそういう感情は抜きだったのかもしれないが。

高校を何とか卒業して、仕事に就いて。
甘えていた姿勢をバシンとたたかれて伸ばされてみると、姿勢の曲がっていた頃や過去のことを少しだけでも素直に見ることができた。
人間と言うのは不思議なもので、自らの乗り越えた道―――それは山と言い換えてもいいかもしれないが―――ならば振り返ることができるのだ。
当然未だ山の、あるいは長い道のりの途上であれば、今歩いている場所の険峻さや自身の歩みの未熟さに気づくことはかなわない。
だから、朋也自身がどれだけ智代のような人間に相応しくなかったのか、と考えることも今は苦笑を伴う。

嫉妬、と言う言葉が浮かんでくる。

それから目を逸らす事はない。
また別の側面を見ることがかなう日も来るだろう―――その時にはきっと、笑い話になっていることを祈る。
もしかしたら、まだ、山の途上にいるのかも、分からないのだから。
そして思う。
高みとは何だ。
自身が偉ぶって智代にかけた言葉が、それではなかったか。目指せと、突き放して。
各々の歩む隘路があり、遠い山路がある。しかしそれは、それのみが、そこにあるわけではない。
陸は、世界は繋がっているのだから、その先には未だ越えられぬ、誰も知らぬ山があるのかもしれない。
或いは踏み均された、登山道の拓かれた、それこそ見上げる様な霊峰もあるのかも知れない。
しかしいずれの山を、隘路をめぐるのかは、誰かと、その傍らを歩む、歩みたいと願う者のみが決定しうるのである。
誰かは友人であるかもしれないし、人形であるかもしれないし、そしてまた自らと歩みたいと心から願う少女であるのかもしれない。
二人ですらないかも知れぬ。時の困難を抜けた、勇気で結ばれたものたち同士かも知れぬ。
ゆえに。
万人が目指すべき山の姿は、言葉に出せば相等しく、或いは相似かも知れぬが、その実際として、姿は異なるだろう。
だから、自分がどうすればよいのかと迷うことは、その旅路の一歩となるのかもしれないし、そうでないかもしれない。
ただ、言える事は。

「耳が……クソッかさかさ言うなぁあああぁああぁぁぁぁあああああ!!!!」
「に、にいちゃん……どうしたの」
「お、岡崎さん、ご病気?」
「…………」
「……ねえちゃんはどうしたのさ」
「し、しかも座ってる場所も場所ですしね…」
「…………」

自分は変なのかもしれない、と言うことだ。
 
―――――――――――
 
「もうちょいだよ、そこ曲がったらすぐ」
「へぇえ…結構静かでいいところですね。ちょっと中心部から遠いですが」
「はは。にいちゃんも社会人一年生だから、お金様と相談ってことじゃないかな」
「ふーん…。智代先輩は、この道を毎日通ってるんですか」
「最近はそうでもないよ。なんか生徒会の活動優先してるんだって、朝は」
「そうなんですかー。…お弁当作ってるって聞きましたけど」
「にーちゃんが学校まで取りに行くの」
「あ、あはは。お尻に敷かれてますね」
「そだね」

鷹文は弟なので、気持ちよさそうだよねぇ、とは言わない。
朋也は満更でもないと思うのだ。

「でも、そういう人って、いいなぁ」
「………」

時代はそういう流れなんだろうか。
はー、と自覚のないままため息を一リットル撒き散らす鷹文を、不思議そうに見る芽衣。
なかなかに初々しいカップルといった外見である。
角を曲がる。
彼らの視界に、いわゆるボロアパートが入り込む。

「うわー。なるほど」
「…いい反応だね。にいちゃんに言っとく」
「わーわー! ごめんなさーいっ」
「冗談だよ」

思わず本心を吐露してしまった芽衣。
自分も最初に見たときは似たり寄ったりな反応をしたことを隠して、鷹文はそれに茶々を入れた。
彼をその場所に連れてきた姉は、

『ばか! 自分の力で稼いだお金で、お前は生活できるのか? バカバカ』

と、何故か誇らしそうな顔で説教してきた。そのあと惚気が延々と続くので、鷹文の記憶は途切れがちである。
あってないような駐車場を横目に、二階へと続く階段を目指す。
その駐車場は、寂れたと言う言葉が陳腐に響くほどの様相である。ぽつんと、一台の白いワゴン車がとまっていた。
芽衣は、物珍しそうな視線をあちこちに散らしながら、飄々とした足取りで鷹文の後を追う。
アパートの様子を、芽衣をして『うわー』と言わしめたのは、その作りと言うよりは管理の杜撰さであろう。
昔、といっても二桁の年が過ぎているだろうが、その頃にはあるいは華やかにアパートの側面を飾っていたであろうと思われる塗装は、今は剥げきっている。
周囲には辛うじて花壇らしいと思われる物体があることにはあるが、全くと言って良いほど世話されていない。
アパートの傍らにあるゴミ箱ですらが、溢れ返ってそのままであった。
染みのようなものが浮き出ている側面を眺めつつ、鷹文は芽衣を振り返る。
男物の下着が干されているのを見て、クスクス笑っている彼女を見ると、やっぱりなんだか心洗われるようであった。

「ってそれはおかしいっしょ!」
「…?」
「なんでもないです」
「変な鷹文くん」

トントントンと二人して階段を上る。
鷹文は、それなりの期間ここに通っているが、朋也以外の住人を見た事はなかった。
それなりの生活臭はあるし、物音も薄い壁ゆえに漏れ聞こえることもあるが、直接姿を見た事はない。
いつか会うことあるのだろうか。
そんな事を考えながら、鷹文は二階の通路の奥を目指す。日なんか当たるのかと思わせる配置である。

「到着。ここだよ」
「へぇ……。う、んん。一応すめ、…住み易そうですね」
「あははっ………あれ?」
「どうしたんですか?」
「鍵が開いてる」

二人して、顔を見合わせた。
 
―――――――――――
 
 

-to be Continued-
 
2007/3/18

クラナド長編『じゃっくいんざぼっくす』

 
 
この世に生がある限り。
秩序とは時として乱されるものである。
―――のかも知れない。
 
 
 
 
 
じゃっくいんざぼっくす

第0話

壊れ/Clannad/全般多数SS
 
written by kibi.
 
 
 

何時もと変わらない筈の夜。
 
それなのにどうしてでしょう。
 
わたしは、何時も通りではありませんでした。
 
夜の公園に、一人で立って、空を見上げています。
 
空は、高くて。わたしの手では、届きそうにもありません。
 
はぁ、と少し溜息を吐いてから、背筋を伸ばします。
 
これではダメです。あの人に叱られてしまいます。
 
坂の下でわたしの背を押したあの日のように―――。
 
あの人は明日も、わたしの名前を呼んでくれるでしょうか。
 
ひどく、心が、浮き立って。
 
恥ずかしかったけれど、思った事を口にしてみた。
 

「岡崎さん、今ごろ何してるんでしょうか」
 

満天に、星の輝く夜空であった。
 
 
 
―――――――――――――
 
 
 
透き通るような夜空だった。
 
薄い雲がゆるゆると伸びている。清涼な風が、一筋吹く。
 
湯上りの火照った身体でベランダに降り立った。
 
柔らかい風が、バスタオルに包まれた身体を、余す所無く掃いて行く。
 
長い髪がゆっくりと流れて行くのを感じた。
 
どのくらいそうしていたのだろう。
 
辺りは静かで、斜陽はついに、余韻を残すだけの存在に変わった。
 
そっと息を吐いて、髪を掻き揚げた。
 
あれは、何時の事だっただろう。一緒に、夕陽を眺めたのは。
 
そんなに遠い日の事ではなかった筈だ。
 
春だからだろうか。
 
その世界のバランスは、脆くも崩れた。
 
沸々と湧き上がる気持ちを抑えきれずに、私は呟いた。
 

「待ってろ、岡崎。お前と一緒に歩くのは、私だ」
 

満天に、星の輝く夜空であった。
 
 
 
 
―――――――――――――
 
 
 
赤さを残す夕闇。
 
夜の帳、という言葉を実感した。
 
それは、包み込むようでいて、気が付くと自分自身だった様な気もする。
 
何時の間にか、暗闇が恐くなくなっていた。
 
どうして、と問い掛ける言葉も意味をなさない。
 
芝生の上に大の字になって微かに流れる風を眺めていた。
 
女の子がそんな格好をするのは、はしたないかな、と思ったりしたのだけれど。
 
それでもあの人と同じ行動なのだ。だからやっぱり嬉しかったりもする。
 
辺りは虫の大合唱で少しばかり五月蝿い。でも不快ではない。
 
春だからだろうか。
 
この身を焦がすような気持ちは何だろう。
 
何かを決心した。思いを乗せて呟く。
 

「朋也くんは、私のモノになるの。そうなる確率100%」
 

満天に、星の輝く夜空であった。
 
 
 
 
―――――――――――――
 
 
 
赤い空が、夕闇に染まる瞬間が好き。
 
形容し難い色に染まる空。どうしてだろう、凄く切なくなる。
 
家の屋上に一人で座って、空を眺めていた。
 
アイツの家はどっちだっけ、と目線が泳ぐのを自分で意識していた。
 
途端に恥ずかしくなってくる。
 
吹く風の中、そっと頬に手を添えてみた。
 
熱い熱を保ったその箇所に、あの日のアイツの手が重なる。
 
胸が苦しくなって、大きく息を吸った。
 
似合わないかもしれないけど、それでもあたしだって女の子なのだと。
 
そんな事を考えていた。
 
季節は流れ、もう新しい春。よし、と一つ決心をした。
 

「朋也―――――」
 
「お姉ちゃん?お風邪を召しますよ?まぁもっとも………そのほうが都合がいいかも分かりませんが(クスッ」
 
「え゛(汗」
 

がしょんがしょんと鉄製の梯子を上って妹が、椋があたしの傍に座った。
 
短い髪が、それでもさわさわと揺れる。
 
ニコニコと上辺だけみれば笑っているように見えなくもないのに、なんだろうこの焦燥感は。
 

「で、………なんですか」
 

にやりと笑う椋。
 

「ひぃっ」
 

ぴっ、と指を突きつけられる。自分の口が開いていることがひどく滑稽に思える。
 
『なんで』って……なにがなんで!?知らない知らない知らないあたしはこんな顔の妹なんか知らない知らない!!
 
ぐにゃり、と妹の顔がゆがむ―――、鈍い私でももう気づいた……!うぁああぁああああ(大汗
 
タスケテタスケテタスケテ……!!!
 
―――――屋上に、殺気の染みる藤林家であった。
 
 
 
―――――――――――――
 
 
 

かっぽーん、とは何の音であろうか。此処は銭湯である。
 
ほのかな甘い香りが漂うその景色は、日本の名山100選といったような趣。
 
連峰がそこかしこに。
 
ただし最初の入り口を間違えると、何のことはない、思わず鬱になってしまいそうな光景となる。
 
気をつけねばならない。
 
店が開いてからの時間がちょうど良い加減で、その女湯は、入ってきた者に不快な気分を感じさせない程度には暖かい。
 
そんな風呂に、パタパタと何かが駆けてきて――もちろんルール違反である――ガラッと入り口を開いた。
 

「―――風子、参上ウィズ・スターフィッシュ!!」
 
「んん~やっぱ風呂は銭湯だおー………ひっ」
 

ゴシゴシと念入りに体を洗っていた少女が突然の闖入者の奇態に奇声を上げる。
 
少女は、水にぬれた髪が艶やかで、桃色に上気した頬にピタッと張り付いた数本の髪の毛が、ややもすると幼さを訴えかねないその顔に、僅かでも色気を添えていた。
 
美少女、といっても良いだろう。
 
その目が驚愕で見開かれておらず、イチゴを貪り始めるとバキュームとなるとうわさのその口が、あんぐりと開かれてさえいなければ。
 
ぱっと見では、ハニワに見えないこともない。
 
ひっ、とか言って体を強直させた色白の少女は餅肌である。もち肌。
 
彼女は、闖入者と目が合ってしまって、動けない。動けば殺られる。まさにこれであった。
 
な、なぜか星型の………謎物体を持っているし。う、動いてないよね?(汗
 
そこへ、湯に浸かっていた女性がザバッと立ち上がって、近づいてくる。
 

「あらあら」
 

腰にまで至る長い髪をサラリと脇に流し、艶然とした物腰で、娘――水瀬名雪の傍に立った女性。
 
彼女こそは、男の夢の具現、永遠の美女、水瀬秋子さんその人である。
 
にらみ倒すというのはこういうことを言うのだと体現していた、星型の謎的物体を持った少女は、思わず視線をそちらに移す。
 

「んん~って!そ、そこはかとなく負けてる感じが漂ってますっ………そ、それは何処産のメロン(謎)ですかっ」
 
「自家製です(ニコッ」
 
「……(大汗」
 
「―――了承」
 
「お、おかあさんこの子まだ何も言ってないよ」
 
「あらあら」
 
「くっ……!ふーこはもう立派なレディです!子ども扱いしないでくださいッ」
 
「うぐぅ何を言ってるのかまったくもって意味不明だよ」
 
「地獄突きッ」
 
「ヘグッ」
 

なにやら揉めている集団に、周囲の人々(男は居ない)の胡散臭そうな視線が―――秋子さんの視線で駆逐されるのだが―――集まる。
 
素直な感想を述べたところに、本物もかくやといった技を食らってのた打ち回る少女はボクっ子である。スタイル:生霊。
 
あと、タイヤキを盗んだりする。現役JK月宮あゆ。秋子さんのごにょごにょで気がついたら高校生だったらしい。
 
タイヤキは盗むが。
 

「うぐぅボクはもうそんなの卒業したんだよ!」
 
「なによぅ!こないだ祐一を騙して死ぬほど食べさせてもらったくせに!!このタイヤキ魔人!」
 
「そ、それは……き、記憶にございません。記憶にないことには責任をもてません」
 

そこへ、揚げられる足があるなら死んでも揚げる!な少女が乱乳、もとい乱入する。
 
黙ってればナイスバディ!な沢渡真琴(スタイル:きちゅね)だが口を開くと失笑の嵐といううわさもある。
 
うわさである。
 
真琴は、ここぞとばかりにあゆに難癖をつける。
 
滝のような汗をかきながら何処からか取り出したハンカチで額を拭きつつ答弁するあゆ。
 
風子はちょっぴり置いてけぼり風味である。
 
そんな風子の肩をぽんぽんと後ろからたたく者がいた。
 

「……私は魔を狩る者だから」
 
「だ、だからって前をぜんッぜん隠さないで仁王立ちしている事の理由にはならないですっ」
 
「………クスッ」
 
「も、もしかして風子馬鹿にされてます?!」
 
「………ぼよんぼよん」
 
「赤くなりながら夕張産メロン(謎)を揺らさないでくださいッ」
 
「………クス」
 

翠髪をサラリと背中に流した、こちらは美少女より美女が相応しい様な裸女。
 
腰に手を当ててあまつさえ前に突き出すような、なんとも言えない格好の彼女は、
 
程よい湯加減に肌をピンクに染めた川澄舞。スタイル:ウサ耳。
 

「あ、あはは~ごめんなさい。まいんも駄目ですよー、こんな格好で堂々と立っていたら」
 
「ぽんぽこたぬきさん。この子、世界を間違ってる」
 
「はぇ~世界、ですか」
 
「あららー、どうしたんですか倉田先輩。お友達の川澄先輩のお脳が炎症ですか?」
 
「し、栞(大汗」
 

収拾がつかなくなってきたので、この辺で風子の決意表明は〆ようと思う。
 

―――――悋気とか、旋風脚とか、跳躍してのぶった切りとか、色々やかましい銭湯だった。
 

「ん~っ!!そこはかとなくショックですッ」
 
 

 
―――――――――――――
 
 

「ねぇさん、なんか今日は静かですね。どうしたんです」
 
「いえ………なんでしょう、なんだか胸騒ぎといいますか、虫の知らせといいますか、ええ(汗」
 
「まさかっ!?」
 
「クソッ!はめられたか!?………オイ、てめぇら、ねぇさんを守れよっ」
 
「「「「「「「応ッ!!」」」」」」」
 
「一番隊ッバズーカ!!2番隊は服を脱げッ!!三番隊はあの日のッ……!」
 
「お、落ち着いてください」
 
「あ、す、すんません。先週ちょいと抗争があったもんで」
 
「はぁ、そうですか」
 
「うす」
 

可憐、という言葉がこれほどしっくり来る少女も少ないのではないか。
 
サラリとした髪を春の夜風に揺らしながら、宮沢有紀寧は、空を眺めた。
 
暗い道、本来なら一人で歩くのは憚られる様な道であったが―――それが少女ならなおさら―――それは有紀寧には当てはまらない。
 
彼女の周囲を、前大戦の空母郡を囲む機動部隊もかくやといった様相で、腕っ節自慢の一つも吐けるような連中が囲んでいるからである。
 
うわさの銀髪喧嘩女の隣の次くらいには安全。
 
機動部隊を率いるのは、筋肉で頭にホールが見え隠れする通称筋肉である。無敵ここにきわまれり。
 
グッとポージングすると汗が滴るのであった。
 

「春ですし………気のせいですかね」
 
「で、例の男の誘拐作戦の話でしたか」
 
「そうですね、もう少し詰めましょうか」
 
「うす」
 

春の夜は美しく、決戦の迫る前夜には相応しいものだったとさ。
 
 
 
 
―――――――――――――
 
 
 
-to be Continued-
 
 
2007/3/17

ヘブンストラーダ長編『AGAIN』



 
 
 
ヘブンストラーダ長編SS
 
『AGAIN』
 
第一話 「接近」
 
AFTER/アリス・アレフ・全般多数/
written by kibi.
 
 
 
 

「予想以上の成果だ」

黒い、果てしなく黒い空。そんな空を見上げる、深い森。
そして、静寂が支配するその場所で。
吹き荒ぶ風が、巨木の間を縫い、枝葉の影を越えて、数本の明かりの揺らめきを捉え
る。

各々が掲げた松明の下、囁く者達が居た。
彼等が一集団として象るのは五芳星。
見る者が見れば目を見張ったであろう、強固な結界でその隊列は包まれていた。
その歩みは大胆。

―――見付かる事など無いという自負。

或いは見付かっても懸念材料そのものを『消せる』と言う威信。
頑強な意志が、混ざり合い、溶けた空間。
それは黒い深遠の淵にあって、更なる暗黒を染み出させ、蠢かせる。

巨大と言うほか無い月だけが、神々しいと言うよりは何処か妖艶なその姿を惜しげも
なく晒し、彼等を見ていた。

松明を掲げ、静かに揺れる影達。
『この世界』では既に秋と言う季節を過ぎ、涼やかとは言い難い寒風が吹いていた。

だが彼らは微塵もそれを感じさせない。その着込んだローブから魔術師の類だと推測
できる。

『この世界』において、魔術師は崇高な存在。
だが彼等の目は、その瘴気は、その口元の歪みは――――

「・・・そろそろオークとウォーリアを集めろ。無駄な殺生は控えろと言う命令だ
ぞ」
「分かりました。すぐに」

――――余りにも明け透けな、邪悪そのものだった。
その中の一人、最も背の高い人物が数人の影に指示を出す。
影達はゆっくりと頷いたかと思うと、暗闇に溶けるようにして消える。
魔術師の一隊は、隊列を解き、歩を止めた。

「ふん。この森が我々にとって一番の危険地帯だと聞いていたが・・・この程度か」

「お言葉ですが、最後まで気は抜かない方が宜しいかと」
「ふむ。そうだな」
「確か、例の部隊がこの地域に配属されている筈です」
「・・・奴等か」

先程指令を出した魔術師が、苦々しげに口を歪めて、呪いの言葉を吐き捨てた。
『最後の日』あの地に残された者全てが呪いの対象とする男が率いる、部隊。

「我らが神よ。アレフ・デヴェクト隊に死を」

夜の帳は暗く、その闇は、深い。


――――――――――


月を背負って走っていた。
だがそれは僅かの音も立てずに。
さわさわと揺れる背の高い草を掻き分けながら、走っていた。

今夜は何かがおかしい。
一体何が。
分からない。胸騒ぎとも違う。例えるならそれは予感。

「ミア、目を覚ましておけ。近いぞ」
「・・・むにゃむにゃ。もう食べられないよーアレフさーん」
「―――焼いてしまうか」
「う、嘘だよ起きてるよ!」
「悪い冗談だな。危うく焼却してしまうところだった」
「・・・相変わらず嫉妬深いんだから」
「うむ?何か言ったか」
「いいえっ何もっ」

月が大きい。
次第に心肺組織が超過負担を訴えかけてくる。
だがそれを押さえ込んで、駆けた。
あれは確かに悲鳴だった。聞き間違える筈も無い。
一時期は、聞き飽きていたくらいだからな。

そう考えて苦笑した。つまらない感傷に浸っている暇は無い。
ただ、駆ける。
もう少し行けば、かなり開けた場所になっている事を思い出した。
やはりと言うか、聞き間違いではない。『何か』が起こっているのだ。



――――――――――



「はっ・・・あっ・・・んぁっ!!ぐっ・・・いやぁああああっむぐっ・・・」
「ウグオッ!!ガァッ!!」
「グォオオオオ!!!」


どうしてこんな事に。
途切れがちになる意識を保つ為に考えた。
思考とは別に、痛みに耐えるための哀哭が口から漏れる。

僅かな間隙を許せば、朱唇を汚す剛直が更にその存在を捻じ込んでくる。
口腔内の圧迫感に思わず身体を暴れさせてしまう。
抵抗になったかと聞かれればそれは否定するしかない。
余りにも強大なその膂力で、まるで巨木に磔にされているのかと思わされたのだか
ら。
身体を動かしたからだろうか。
秘芯を穿たれているその狭間から、汚液が滴るのが分かった。
その異様なまでの熱さを感じて、耐えられないと思うほどの嫌悪感と、汚されている
という意識が一層明確になる。

酷く、惨めだった。

コクシンエンの森。
この森に立ち入ってはいけないと言うのは、今ではもう昔の事になっている。
その深部には他の世界へ繋がっている秘密の遺跡があると聞いていた。
そして、其処から繋がっている先は、滅んだのだとか。

ある日沢山の人達が森から出て来た。
居なくなっていた王女と共に。

そんなのは伝え聞きにしか過ぎない。
それ以上に森は、私達の様な森の周辺で暮らしている農民にとっての貴重な食料調達
場所だった。
ただ、何時もの様に茸を取り、木の実を取って、家族の笑顔を見たかっただけなの
に。

な ん で こ ん な 。

汚らわしく、醜悪で、邪悪で腐敗した。
何故何故何故っ!!知らない知らない知らない苦しい苦しい苦しい痛い痛い痛い逃げ
たい逃げたい逃げたいっ!!

「・・・ぐっ!!・・・ぐぁっ・・・うぇっ・・」

もう何度目になるか分からないけれど、大量の汚液が口内で爆ぜた。
ささやかな、でも揺ぎ無い自信を持っていた髪が、信じられないくらいの力で掴まれ
る。

「痛いっ・・・もうやめ・・ぐぇっ・・・」

目を開く事も叶わない暗闇が続く。既に下半身の感覚が無い。
自分がどんなにはしたない格好をしているのかすら、もう定かではなかった。
片足を掴まれ、掲げられる。
身体が宙に浮かされる。
今以上には開かない口を無理にも開こうとして噎せた。喉奥を突かれた。

拒絶の言葉すら吐けない。後ろで醜悪な怪物が一層巨大な声で吼えた。
死。それしか頭の中に無かった。

楽しかった日々が脳裏を駆け巡り―――もっと生きたかったと考えた時に。
一陣の風が熱くなっている肌を撫でた。月の光を目蓋の上から感じた気がした。

暗黒の・・・光

意識が遠くなる―――――刹那


「―――――漆黒よ、全てを包み、あらゆる厄災を解き放て。ダークウィップ!!」



音が聞こえた気がする。何の?
さぁ何だろ。
何かが倒れた気がする。何が?
さぁ何だろ。

ふわりと、身体が落ちる。何が起こったのか把握できない。
不思議なもので、意識を失いかける寸前だったにもかかわらず、私の身体は如実に地
面との衝突を避けようとしていた。
空中で、仰向けだった身体を反転させる。
纏わり付いてくる衣服が何故か優しく感じられた。それはもう、ボロボロになってい
たのだけれど。
身体を強張らせる。痛い、きっと。ふわりと顔の脇で風を感じる。
しかし、硬い地面との接触は無かった。そして気付く。目、目が開かない。月、月が
見たい。
混乱している私の頭では正常な事は考えられなかった。それでも何か柔らかいモノが
身体を包んでいる事だけは認識できた。
再び仰向けにされる。微かに、息を呑む音が聞こえた。

「酷いな、これは。力を抜く事は可能か?」
「げほっぐぇ・・・ぅあ・・ぁはぁっ・・・ぅぐっ・・・っはい・・・ぐぅっ・・」

「さぁ楽にしよう――――よし。もう大丈夫だ、安心しても良い」

耳に届く言葉達は、落ち着いているけれども、紡ぐのはきっと私と変わらない歳の女
の子。
それとも耳までおかしくなってしまったのだろうか。
気配だけを感じる事は出来た。ボソボソと何かを唱えている。

まさか、魔術師様。

こんな辺境の土地に、とか。畏れ多い、とか。
早く御礼を言わなければいけないとか。
色んな言葉が頭を駆け巡って、意識が、遠くなった。


――――――――――


「ふむ。・・・オークだとは思わなかったな」
「ミアもビックリだよ」

少女に治癒魔法をかけて、地面に横たえる。・・・酷いものだ。
傍らに、採取した果実や茸を入れた籠を見つけた。奇しくも私が持っているのと同じ
型だった。
スカートの裾に付着している枯葉を手で払って立ち上がる。

オーク、それもソルジャー級だ。あの遺跡での記憶が蘇る。
目算でも3体は居た。まさか『この世界』にも奴等は居るのだろうか。
噂にも聞いたことが無い。
醜悪な、豚に似た怪物など、この世界に居ていいモノではない。

それよりも。
幾度も死までの道を行きかけたから分かる、予感。

「ミア、アレフに伝えて来てくれないか『助けてくれ』と。恐らく一小隊位はまだ居
る」
「・・・アリスちゃん逃げた方が良いよ」

フワフワと漂っていたミアが少し離れた所で、此方を振り向いた。

「一小隊じゃないよ。この隊章なら、一個中隊だね」
「・・・大した事はあるまい、アレフが来るまでなら持ち堪えられる」
「オークの一個中隊を擁するなら、斥候の部隊でも魔術師が最低3人」
「うむ。昔の編成ならそうなる」
「『最悪の事態を考えて行動し、必ず生き残る』・・ミキちゃんとの約束だよね」
「いつの間にお喋りになったんだミア。私は負けない、負けられない。今の私なら尚
更そうだ」
「・・・」
「ミキには悪いと思っている。だから今日の夕食は頑張って作る。それでどうだ」
「嫌なお母さんだね~アリスちゃんって。可愛そうなミキちゃん!!」
「もう良い。早く行ってくれないか」
「ミアはもう知らないからね。ぶーぶー」

パチンッと軽快な音を立てて、ミアが消えた。
ふわりと駆けてくる風を感じた。

少し呼吸を整えねばなるまい。そう考えて、息を吸い込む。

容赦の無い寒風が、木立を揺する。
異様なくらい、月の影が大きい。

靡く草達はまるで大海の端を担う様だ。
ただ、潮風とは異なる微かな草の香りだけが、それを正す。

闇夜

今でこそ神聖な雰囲気さえ漂う。が、怪物が女性を甚振っていた場所だと思うと嫌悪
感も一入だ。
素早くスィッチングを兼ねた呼吸に入る。
深く、浅く、深く。

「ふぅ」

軽く息を吐く。高ぶっていた感情を押さえ込む。
右太股に巻いた、短剣を納めたホルダーに、スカートの上から触れる。
そして背後の気配に声をかけた。

「何時まで隠れているつもりだ。ふん・・・随分と矮小な部隊も居たものだ」

三人か、或いは三体か。
此方の素性は知っているのか。知っているなら意外と大事。知らなければ穏便に。
オークを擁する部隊相手に穏便に?――――馬鹿げている。

「おやおや、誰かと思えば。黒闇(コクアン)の死霊使いじゃないですか」
「―――それとも霊姫(レイキ)の方がしっくり来ますかね」
「こりゃあ、俺好みだ。わははっ」

振り向いた先の巨木の影から姿を現す、ウォーリア二人に魔術師一人。

黒のローブを纏った―――ローブが身体と同化している様にさえ見える―――恐らく
は上級魔術師。
対照的に、どちらかと言えば明るい迷彩色の鎧を装備したウォーリアが、二人。
片方は、既に血糊の付着した大剣を所持している。
・・・時に月明かりは醜悪な物を隠さない。闇の中では暗黒色の液体が『赤い』とい
う事実。

もう勝利したつもりで居るのか、彼等の歩みは緩慢で、油断しきっているように思え
る。
チラリと覗く腕の隊章で、先のオークと同じ部隊に所属している事を確認。
目蓋を下ろす。そして息を吐く。

―――この男達は知っている。此方の素性も、敢えて言えば『あの世界』での事も。


アレフの声が鮮烈に蘇る。それを受けて、血潮が滾ってくる。
ミキの、何処かアレフに似た可愛らしい顔が浮かんで、ゆっくりと霧散した。

脳内で対ウォーリア戦の資料を探す。

ふむ、悪くない状況だ。

敵の陣形は――――――三日月か。なるほどある程度の実力者達には違いあるまい。


正面奥の魔術師、左右前方のウォーリア。
下草を踏み分けながら正面を睨む。
魔術師の魔力を受けて、ウォーリアの姿が暗闇に溶けるの視界の端で確認した。

私は三日月の中心で、ミアの替わりの媒体となる短剣をホルダーから抜き去り、目の
前で翳す。
静かに練り上げる。ゆっくりと。焦る事は無い。

何処か達観したような冷たさで自身を捉える。
私の身体は既に熱く火照り、舞い、駆けるその瞬間を待ち望んでいるかの様だった。


そよそよと顔の脇を微風が撫でていく。
昔より幾分か長くなった髪が、揺れるのが分かった。

「貴様達がオークを統括しているのか」
「けっ可愛げの無い喋り方しやがって。そうだよ」
「この世界にもオークが居るとは知らなかったな」
「へ?」

私を囲む三方で笑い声が爆発した。正面、右後方、左後方。
位置捕捉。

「阿呆!!そんなわけあるかよ」
「おい、いい加減やっちまおう」
「地の精霊よ!その力の片鱗を我に貸し与え給え!サモン・ノーム!」

敵の魔術が放たれる。だが此方も間に合った。
貴様等は知らないだろうな、喰らえ。

「アイン・ラメド、カイオト・ヤーヴェ・エロアの名において。風よ!!」

桁違いの疾風が、私を中心として四方に駆ける。所謂、邪風という類の風。
敵の魔術が掻き消され、それでも牙を剥く邪風。
真正面に陣取る魔術師の、驚いた顔が微かに網膜で像を結ぶ。

逆さの虚像が、脳裏で実像をなす前に、月を背に、跳躍する。空中で身体を捻る。

何が起こったのか咄嗟に分からず、三日月の左辺を担うウォーリアが構えを崩す。
姿は見えずともその気配は手に取るように分かる。
元々、陣形の正面に位置する魔術師によって殲滅対象が『動きを止められた』瞬間に
陣の両端を担う剣士が
斬りかかるのが三日月の陣。
一瞬でも陣形を乱す或いは構えを解けば、その凶悪性は瓦解する。

だが致し方ないのも事実。

目の前で敵が背面を見せれば、素人ならずとも多少の困惑から逃れ去る事は不可。
邪風に足を絡め取られた魔術師に、動けずにいる剣士。後は焦らずに事を成せばよ
い。
そしてこの程度の呪文なら、囁く程度で構わない。詠唱破棄。だが込めた憎悪は必
殺。
呪いを、放つ。

「――――ディス・インテグレイド」
「ちっ―――はあっ!!」
「うらぁっ!!」

漸く事態を認識したのか、私の着地を待たずに歪んだ月の両端が袈裟懸けに斬りか
かって来た。
その様を見て、溜息を吐いたのは気のせいではない。
ああ、遅い遅い遅い。実力者と見たのは判断違いか。

否。

空中で放った『呪い』が魔術師を切り裂くのを横目で確認して。
体勢を低くし、邪風によって草が消えた剥き出しの地面を疾駆し、魔術が解けて空け
た視界を占めた武骨な喉を掻き破って、
敵の断末魔を聞き。
呆気に取られたような表情を隠す事も出来ない生き残りのウォーリアと対峙した時
に。
―――――私の方が、彼等より遥かに密度の濃い戦場を潜り抜けてきた事を、今更の
様に感じた。

 

あとがき。

あ、いや、続きますけどね。どのくらいの需要があるのか分からないので、読んだ方が感想を下されば、更新頻度は跳ね上がります。

読んでくださってありがとうございました。

2007/3/15

再開。今後の方針についてあれこれ。

 
 
はい、どうも機微さんです。復活!
というわけで、今後の大まかな方針について。
 
・ここのページには機微が書き散らしたSSやSSSをおきます。これまでもこれからも(笑)
・たまにたわごとも載せようと思ってまする、それに対する突っ込みは大推奨。
・とりあえず、蔵の長編を3つ、ヘブンストラーダの長編を1つ、AIRの長編を1つ、思いつきの短編をチョコチョコと、一次創作もおいていく予定。
・大昔に書いたSSを手直ししたりとか。
・そろそろ灯哉ツンデレキワメタイノ師匠とかエビフライさんに迷惑をかけるのをよそう。
・クラナドとかkey系の『天抜き』(=神しにをさん作の文章版四コマ)っぽい奴を考えてますんで、ネタのある方はコメントとかメールとかでどうぞ。
サイト作ったら、あるいはこの場でも、掲載いたします。名前は載せたいですが、載せなくてもいいです。
・自分のサイトができるまではこちらがメインであります。目標としては9月頃にサイトができるカナーとか。
・ひぐらしを強化しよう。あと秋葉とか秋葉とか。
・更新というか、SSらしきものを書きなぐったり本格的に妄想したり(ネタの妄想は随時)するのは土日。
・おべんきょー第一。サークルとか筋トレとか第二。バイト第三。サイトは第四。
・作品に対する批判『のみ』は受け付けません。
機微さんは作家になろうとか今の時点では思ってませんので、趣味でやってることに対する、悪意が見え隠れするような反応には対応しません。
というかそのような反応はしないで頂きたい。少なくともここでは。
・来年いっぱいまではお外で遊ぶのは控えめ。
・メッセは、呼ばれるのを心待ちにしているかと。
・ミクシ?なにそれ食えるの?
 
以上。
 
2007/3/8

よしっ

 
 
 
 
サクラサク
 
5戦全勝!!!